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御朱印の森

三越のライオン像を巡るレポート

三越のシンボルであるライオン像。
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このライオン像はとても運の強い像
だというのをご存知でしょうか?

今回は、前回の御朱印レポートで
出てきた、三囲神社の境内にある
ライオン像のことが気になって
調べてるうちに面白くなったので、
レポートしたいと思います。

日本橋三越本店のライオン像は
大正3年(1914)年に当時の
三越支配人、
日比翁助(ひびおうすけ)の
アイデアにより三越がライオンの
ような王者になるようにとの
願いを込めて、日本橋本店に
2頭のライオン像を設置
したのが始まりです。
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ロンドンの
トラファルガー・スクエアに
あるライオン像をモデルにしたもので、
本場のトラファルガー・スクエア
にはトラファルガー海戦の
英雄ネルソン提督像を囲むように
4頭のライオンが設置されてるそうです。

日比翁助は子供の頃より軍人
(とくに海軍軍人)になることを
志望していたそうなので、
そんなところからも、
ネルソン提督リスペクト!
ってことから強さにあこがれて
設置したのでしょう。

ちなみに、ライオン好きが高じて、
自分の息子の名前を「雷音」と
名づけたそうです。

そんな熱い思いのこもった
ライオン像ですが、太平洋戦争時の
鉄不足により金属回収のため
海軍省に供出となってしまいます。

しかし、運良く溶解を免れ、
戦後になって東郷神社に
奉納されているのが発見され、
昭和21年(1946)に本店に戻りました。
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それから12年後の昭和33年(1958)に
池袋三越が開業し、さらに14年後の
昭和47年(1972)に三越創業300年を
記念して本店のライオン像を型取り、
池袋三越に設置されました。

けれど、平成21年(2009)
池袋三越店はその年の5月に
閉店してしまいます。

ライオン像は三越の倉庫で保管、
外部への寄贈は今までなかった
そうですが、三囲神社がライオン像の
移設を申し出たことで、
11月に境内に設置となったのでした。

以上ライオン像を巡るレポートでしたが、
なんだかんだ溶かされず残った
ライオン像って運が強いですよね。

それにあやかろうということなのか、
誰にも見られずにまたがることが
できれば願い事や受験合格が叶うとか、
誰にも見られずに触れたものは
億万長者になれるという、
都市伝説がまことしやかに
広まっているようです(^_^)

森ははずかしくてできませんが、
興味のある方、お試しあれ♪

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# by yagiou17 | 2017-02-23 00:01 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

三囲神社 三井グループの守護社

牛嶋神社から隅田川を沿って北に向かって
歩いて10分くらいで、
三囲神社(みめぐりじんじゃ)に到着しました!!
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笑福亭鶴瓶のような柔和な
目元が微笑ましく見える
お狐さんがお出迎えemoticon-0105-wink.gif
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狛犬ならぬ、狛ライオンもいたりして。
っておい!!
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こちらは2009年に閉店した
池袋三越に置かれていた
ライオン像です。

なんで三越のライオン像が境内にあるのか!?

詳しい話は置いといて、
まずこの三囲神社は
三井グループにとってとても
縁の深~い神社であるって
話をしたいと思います。
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こちらの神社、創建がいつか不明ですが、
弘法大師が稲荷神社を建てたのが
始まりとのことなので、
平安時代初期ではないかと言われています。
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時は流れ南北朝時代、
荒れ果てたお堂を近江三井寺の僧・源慶
(偶然ですが三井って名前符合しますね)が
見つけ、社殿の改築をしていたところ、
土中から老翁の神像が出てきた。

するとどこからか白狐が
あらわれ、像の周りを3回巡って
消えてしまったという。

そこから、3回巡る→みめぐりとなったわけです。
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三囲という文字から、三井の井を
囲っているということで、
三井家を守っているという
意味として守護社として考えたことと、

大店・越後屋を営む三井家がある
日本橋から、神社がちょうど鬼門の
方角(東北)に位置していることからも
守護社として考えるようになり、
三井家が主となって
神社を支援し続けているそうです。

大企業三井グループが
厚く信仰している三囲神社の
御朱印は、ダイナミックで
力強い文字で、とても
ご利益があるように思われますemoticon-0105-wink.gif
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三囲神社には上から見ると
3角形に見えるように
3本の柱でできた鳥居、
その名も三柱鳥居があるのですが、
残念ながら、次の神社に行かなきゃと焦って、
見つけることができなかったことと、
金色の狛犬がまぶしい、三井家を
代々祀っている顕名(あきな)霊社
というのもあるのですが、
確認できませんでした。

なので、改めてまた参拝しに
行きたいと思いますemoticon-0105-wink.gif

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# by yagiou17 | 2017-02-22 00:08 | 墨田区 | Comments(0)

牛嶋神社 円仁と須佐之男命が出会って出来た神社

浅草寺から言問橋を渡って、墨田区にある
牛嶋神社に行きました!!
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まず三輪鳥居のかっこよさに大興奮emoticon-0105-wink.gif
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牛嶋という名前だからか、珍しい牛の狛犬
「狛牛」がいますemoticon-0105-wink.gif

牛にちなんで、撫で牛もいます。
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涎掛けをしてますが、これは子供が生まれた
時に奉納し、その涎掛けを子供に掛けると、
健康に成長するって言い伝えからとか。

撫で牛といえば、菅原道真公の
天満宮が有名ですが、
こちらの神社の御祭神は須佐之男命です。

なんで、須佐之男命なのに牛なのか?

それは、須佐之男命は
祇園精舎(インドにあった寺院で、
釈迦が説法を行った場所)の
守護神と言われる、
牛頭天王(ごずてんのう)と
同一視されている
ところからのようです。
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貞観2年(860)延暦寺
3代目座主・慈覚大師円仁が
本所の地を通りかかったとき、
老人の姿をした須佐之男命に会い、
神社を建てるように神託を受けたのが
牛嶋神社の始まりと言われています。

さて、撫で牛を撫でていたら、

「お稲荷さんお参りした?今日はにのうまよ」と

参拝に来ていた見知らぬ
おばさんから声をかけられました。

「にのうま」が何のことかわからないけど、
境内には小梅稲荷神社という
小さい社があったので、言われるままに
お参りしてみました。
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(小梅稲荷神社は旧向島小梅町に
あったと思われる神社で、
震災後の区画整理で移築されたとか)

ところで、この「にのうま」一体どういう
意味なのか調べてみたところ、
稲荷社の本社である京都の伏見稲荷神社の
神が降りた日が2月の初午の日であった事に
因んでいるそうです。

1年365日の各日には十二支が
割り振られてて、2月の最初の午の日を
「初午(はつうま)」といい、
2回目は「二の午(にのうま)」となります。

参拝後に御朱印を頂きました。

しかし、出来上がりは判子のものでした。
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他の方のブログなどでは墨書きの
ものが紹介されていたので、てっきり
そうだと思っていたのですが。。。

ちなみに、
小梅稲荷神社の御朱印はありますか?
って聞いたら、
「ハンコが無いのでありません」
とのことでした。

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# by yagiou17 | 2017-02-19 11:42 | 墨田区 | Comments(0)

浅草寺で『御詠歌』いただきました。

浅草寺では、御朱印の他に
御詠歌も頂けるとネットで知り、
気になったので
影向堂 (えいごうどう)へ行きました。
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御詠歌(ごえいか)というのは、
仏教の教えを五・七・五・七・七の
和歌の形式で表したもので、
節をつけて唄えることから、
巡礼歌とも言われ、奈良時代の
養老2年(718)長谷寺の徳道上人に
よって開かれた西国三十三ヶ所巡りが
きっかけで御詠歌ができたそうです。

三十三観音それぞれに御詠歌があり、
浅草寺は聖観音菩薩で、

「深きとが 今よりのちは よもあらじ
つみ浅草へ まいる身なれば」

と詠われています。

意味は、浅草寺にお参りに来たのだから、
過去の深い罪もなくなるであろう。

と言ったところでしょうか。

さて、御詠歌を頂こうと思ったのですが、
受付のところに、三十三観音、
七福神(大黒様)の見本はありますが、
御詠歌はありません。

ネットでは頂いてる例がたくさんあるのに、
大丈夫かなと、ちょっと心配になりましたが、
思い切って、御詠歌お願いしますと頼んだら、
簡単に引き受けてくださいました。

出来上がった御詠歌は非常に流麗で美しいです。

しかしいつも思いますが、浅草寺で
御朱印を書く方は、とても達筆で惚れ惚れします。

というわけで、御朱印集めを始めてから、
初めて御詠歌を頂けて感激です( ´ ▽ ` )ノ

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# by yagiou17 | 2017-02-18 00:13 | 台東区 | Comments(0)

浅草神社の御神木 槐の御利益エピソード

浅草神社の境内の右端に
御神木があることに
気づきました。

これは槐(エンジュ)という木で、
以前、浅草神社の御朱印レポートでも
触れましたが、漁師の網にかかった
観音様を槐の切り株の上に安置して
いたというエピソードがあり、
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この観音様はのちに浅草寺のご本尊
となるので、槐は浅草寺、浅草神社
ともに縁のある木となりますね。

槐には他にもこんなエピソードもあります。

槐(エンジュ)を「延寿」と書いて、
長寿や安産のお守りに使われていたり、
難産の時は、この木の枝を握らせると、
苦しまずに赤ちゃんが産めるという
言い伝えもあります。

これは、天台宗僧侶の慈円が著した、
鎌倉時代初期の史論書
「愚管抄」の中で、神功皇后が、
エンジュの木にすがって応神天皇を
無事に産み落としたという伝説から
きている事のようです。

この木が、福岡県の「宇美八幡宮」の
境内にあるそうで、子安の木と呼ばれて
大切にされています。

同じ福岡県の太宰府市にある
竈門(かまど)神社は宝満山の麓に
あるのですが、神功皇后が朝鮮出兵の折、
宝満山に登ってサイカチの木を植え
(槐はサイカチとも読む)
「凱旋ののち再会しよう」
と言ったという伝説があります。

そこから「再会の木」ということで、
この木に向かって好きな人と再会
できますようにと祈れば願いが叶うと
言われていたり、また「再勝」と置き代え、
戦に勝ち続けるようにと、武士が好んで屋敷に
植えたという説もあるそうです。
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諸説ありますが、槐は中国原産で、
日本には仏教伝来の頃に薬木として渡来した
そうで、主成分はルチンで、止血薬として
用いられ、高血圧予防にも効果があるそうです。

漢字として見ると、槐は
部首がきへんで鬼ですね。

そんなとこから、飛騨地方などでは
この木を家の玄関や門などに使うと、
侵入しようとする鬼(災い)を防いで
くれるという言い伝えがあるそうです。

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# by yagiou17 | 2017-02-16 00:15 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

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