御朱印の森

小石川大神宮 伊勢神宮から認められた遙宮(とうのみや)

源覚寺から、南に向かって歩き、
春日通りまで出て、道に沿って、
後楽園駅方面へ行き、少し過ぎたところで、
右に曲がり、緩やかな坂道を登った
途中に小石川大神宮がありました。
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ビルの1階のスペースにある神社を
目の前にして、
ホントにここ神社かな?
とちょっと心配に。
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左手には社務所がありますが、
なんか職員室のような感じに見えました。
(失礼)
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しかし、奥を見れば、鳥居と拝殿が見えるし、
神社なんだここは!!と軽く一礼してから
進みました。

吹き抜けの所まで来ると、何かこう、姿勢を
正さないといけないというような、凛とした
空気を感じました。
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手水舎のそばに、
お手拭き用の紙と箱があるのが
印象的。
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ビルの谷間にある、
決して広くはない境内ですが、
独特の厳かな雰囲気の前に、
身が引き締まるようでした。

何故そう感じたかというと、神明鳥居が妙に
神々しく思えてならず、とにかく何か違うなと、
気になりました。
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参拝のために拝殿に近づくと、
右手に立て看板が
あるのが見えました。

鳥居は式年遷宮後の別宮月読宮を
中心とした撤下古材を拝領し、本殿など
補修されたのだと書かれていました。
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そう知ると、成程神々しいわけだなと
一人で納得してしまった。
(調子いいなあ)

参拝の後、社務所へ行き、御朱印を
お願いしました。

では、出来上がりまで由緒でも。

伊勢神宮に対する尊崇の念が篤く、多大な
寄進を行い続けていた功績に対して、
昭和27年(1952)神宮崇敬者総代となられた
佐佐木勝造翁の発願により、
昭和41年(1966)創立となりました。
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その際、特別な審議による、
神宮大宮司の決済がないと出来ない
別大麻である特別御神璽(おほみしるし)を
拝戴しました。

別大麻の授与はかなり特別なことのようで、
この手続きにより、小石川大神宮は
神宮側からは遙宮(とうのみや)と呼ばれ
ています。

これは、神宮の分神であると認められた
からとのことです。

御朱印、拝受いたしました。
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森は、別大麻も遙宮も知りませんでしたが、
ただ、勧請したというよりも、よりぐっと、
神聖なものを、祀っているのだなと思いました。

撤下古材も使われていることもあるし、
これは小石川にある伊勢神宮というか、
伊勢神宮が小石川にもある。

それぐらいの勢いを感じてしまいます。

とにかく今回はさりげなくすごい
神社なんだなってことを知りました。

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# by yagiou17 | 2017-08-15 00:01 | 文京区 | Comments(0)

源覚寺 こんにゃく閻魔で有名なお寺

前から気になっていた
眼病にご利益があるという、
こんにゃく閻魔がある
源覚寺に行きました。
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都営三田線春日駅を降りて、
A5出口を出て、
最初の角を左に曲がり、
正面の千川通りを渡ると、
源覚寺に到着しました。

しかし、そこにはお寺の名前よりも
通称のこんにゃくゑんまの
文字が大きく刻まれてました。

こんにゃく閻魔こと、源覚寺は
寛永元年(1624)定誉随波上人により現在地に
創建されたお寺ですが、それから100数十年後の
宝暦年代(1751~1764)に眼病を患った老婆が、
回復祈願のために、閻魔大王に21日間の参詣を
続けると、満願の日に目が治りました。
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しかしこれは、老婆の目のために、
閻魔大王自ら目を与えたからでした。

満願の日を向かえる前日、夢の中で閻魔大王から
「私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」
と言われことを思い出した老婆が、
改めて閻魔像を見ると、
右目は盲目となっていました。

閻魔様から頂いた目だと、
老婆は感謝のしるしとして
好物の「こんにゃく」を断ち、
それを供え続けたといいます。

そのことから、「こんにゃく閻魔」
と人々からの信仰を
集めるようになりました。
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そんなこんにゃく閻魔は正面の
お堂に祀られていました。

暗くて良くわかりませんが、
確かに左目の方が明るく
見える気はします。
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お堂の左手にはお供えされたこんにゃくがありました。
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参拝後、案内にしたがって、
寺務所へ行き、御朱印をお願いしましたら、
御住職の奥様(寺庭婦人)でしょうか、
お出になられ、授与所に移動して、御朱印を
書き始めました。
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待っている間、なんとなく境内散策。

源覚寺にも塩地蔵がありました。
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塩の盛られ方が半端ないです(*´ω`*)
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それだけ、多くの人からお参りされているんですね。

他にも観音像があり、
後ろには戦艦の写真があったり。

そのそばには、元禄3年に鋳造された
源覚寺の釣り鐘がありました。

一時サイパンの南洋寺に送られていたものが、
戦後平和のシンボルとして、
元に戻ってきたものだそうで、
当時とても話題となったそうです。
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(って肝心の鐘楼は撮り忘れ)

御朱印、拝受いたしました。

御朱印の文字、蒟蒻の蒟が閻魔大王を
模したデザインになってるところが、
凝ってるなと思いました。
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そういえば、本堂は閻魔堂の
左手にあるそうですが、
まったく気づきませんでした。

御本尊の阿弥陀如来を
参拝しなかったのは悔やまれます。

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# by yagiou17 | 2017-08-07 22:32 | 文京区 | Comments(0)

最勝寺 江戸川区の目黄不動

江戸五色不動は5色全て揃いましたが、
もう一つの目黄不動を求めて、
関東三十六不動の19番札所でもある、
平井にある最勝寺に行きました。

JR総武線の平井駅下車、
南口を出て、南東方向へ歩くこと
10数分で到着。
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セパレートされたような独特な仁王門が印象的。

大正2年(1913)本所表町(現・墨田区)から
現在地に移転して来る前は、
仁王門が三重の朱塗りだった
ことから赤門寺と呼ばれていたそうです。
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仁王像が囲まれた所だけ赤く
なっているのはそのなごりでしょうか。

境内に入ると、正面には本堂があり、
右手に不動堂がありました。
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まずは本堂にて参拝。

御本尊は慈覚大師の作と伝えられる
釈迦如来が安置されています。
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続いて、不動堂にて参拝。

不動堂には不動明王と大日如来が安置されています。
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参拝後、案内にしたがって、納経所にて
御朱印をお願いしました。

では、出来上がりまで由緒でも。
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貞観2年(860)東国巡錫していた
慈覚大師が、釈迦如来像と大日如来像を刻み、
本尊として祀るため、
隅田川畔(現・墨田区向島)に
一宇を草創したことが
当寺の始まりと伝わっています。
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その後、最勝寺は牛嶋神社の別当寺になり、
大日如来像は須佐之男命の本地仏として祀られる
ようになります。

しかし、明治の神仏分離により
大日如来像は元に戻り、
最勝寺の末寺であった東栄寺は廃寺となり、
本尊として祀られていた、良弁僧都作の
不動尊像が当寺に安置されるようになりました。
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(この不動尊が目黄不動となる)

明治時代末期には、
隅田川に駒形橋を架けることになり、
区画整理のため、墨田区から江戸川区に移転し、
現在に至っています。

御朱印、拝受いたしました。
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これで、目黄不動の御朱印は2つになりましたが、
まだ、渋谷区の龍巌寺にも目黄不動があるようです。

なぜ、目黄不動だけが複数あるのか謎ですが、
これからも江戸五色不動に注目しようと思います。

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# by yagiou17 | 2017-08-02 22:37 | 江戸川区 | Comments(0)

六所神社 大國魂神社より勧請・赤堤の総鎮守

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菅原神社から、東急世田谷線の
松原駅方面へ向かって歩いて、
六所神社へ行きました。
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境内は縦に長く伸び、広々として、
緑がとても多く、さっきまで
閑静な住宅街を歩いていたとは
思えないほどです。

境内に入って、すぐ右手に社務所
があり、その隣は幼稚園(あかつつみ)が
ありました。
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さらに歩を進めると、嚴島神社もあり、
傍には手水舎があったので、こちらで
手を清めてから参拝。
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続いて拝殿へ行き、参拝。
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御朱印は、社務所まで参道を
戻って行きました。

では、出来上がりまで由緒でも。

天正12年(1584)平貞盛の子孫・服部貞殷が
府中の六所宮(現大國魂神社)より御分霊を
勧請し、服部家の祈願所とした。

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というのが、
一般的な由緒として紹介されています。

しかし、服部貞殷という存在はよくわからず、
同じ世田谷区の代田八幡神社の由緒をもとに
考えると、
天正12年であれば、服部家ではなく、
まだ吉良氏が世田谷一体の領主として存在
していたことになります。
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世田谷に服部家が知行するようになるのは、
天正18年(1590)徳川家康の関東入国以後の
ことなので、
その点からも疑問が残る由緒です。

御朱印、拝受いたしました。
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由緒はそれでも江戸よりも前の戦国時代から
あるものであることは確かと言えます。
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石票にもあるように、赤堤の総鎮守として
これからも鎮座していて欲しいです。

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# by yagiou17 | 2017-07-23 22:22 | 世田谷区 | Comments(0)

菅原神社 世田谷区の天神様

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大原稲荷神社から、
明大前駅へ向かって歩き、
明大前駅と下高井戸駅の
中間あたりの住宅街を歩くと、
菅原神社がありました。
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石票には村社と刻まれてます。
昔この辺一体は
松原村と呼ばれていたので、
その名残かと思われます。

境内には、おなじみの「撫で牛」がありました。
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菅原道真は、乙丑(きのとうし)の
年に生まれて、丑の日にお亡くなりになった
ということで、
牛とご縁が深いことから、牛を通して、
道真公のご利益を得られるようにと、
撫で牛が考えられたのでしょう。
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拝殿左手には、境内社の
稲荷神社と御嶽神社が並んでいたり、
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左手奥には、
厳島神社が人工池の中ノ島に
ありました。
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もともとは、社地として
離れたところにあった
弁天池にあったお社を
こちらに移築したものです。

(現在そこは弁天池児童公園となっています)
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拝殿は昭和40年(1965)に修築された
鉄筋コンクリート製のもの。
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鈴は、紐を振るのではなく、
手に持って振るタイプでした。

参拝を終え、左手の社務所にて
御朱印をお願いしました。
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では、出来上がりまで由緒でも。

この地に移住して寺子屋を開いた
石井兵助直慶が
寛文5年(1665)2月に
「南無天満宮自在天神」と
石碑に刻み建てたことが、
当社の始まりと言われています。
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その後は、菅原天満宮、菅原社など
社号が変わりますが、
明治になると、
政府が「宮」の称号や
「菅原」の名に関しては
民社での使用を禁じたため、
北野(松原)神社と改称します。
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しかし、終戦後には現在の
菅原神社と社名が改称されました。
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御朱印、拝受いたしました。
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帰り際、拝殿左手にある
石灯篭に案内板が気になりました。

なんて書いてあるか読みにくいので、
あれはなんですか?と
宮司さんに聞いたら、
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「願い石といって、
灯篭の先端部分の石のことですが、
これをまずは1度持ち上げてみて、
次に願い事を心の中で唱えて、
もう一度持ち上げてみます。
その時に、軽く感じれば、
その願いは叶いやすく、
逆に重く感じたら、
叶い難いといわれてるものです

と教えてくださいました。
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お礼を言って、早速やってみました。

持ち上げてみたけど、思ったより重かった。

で、願い事を唱えて再度持ち上げたら、

より重く感じた(苦笑)

あれ?おかしいなあ、ってもう一回やってみた。

やっぱりより重く感じた(;´▽`A``
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願い事は叶うものでなく、叶えるものなのだ!

と言い訳、もとい言い聞かせた森でした(^_^)v


おまけ

菅原神社の近くで「半田塚」を偶然見つけました。
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石碑には古墳って刻まれてるので、
もともとは古墳だったんじゃないか
とも言われているもの。
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街中にこうやって大切に
残されているのはいいですね!
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# by yagiou17 | 2017-07-19 22:42 | 世田谷区 | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
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