御朱印の森

秩父 慈眼寺 「あの花」ロケ地巡り・その1

FBつながりの方から、
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」
が凄く良いので見てくださいと勧められたので、
勢いで、TSUTAYAでテレビ版を全部借りて、
一気に見ました。

幽霊との交流のはずなのに、おどろおどろしくなく、
ほろ苦いラブストーリーの世界にはまって、
遅ればせながら、「あの花」の良さを知ったのでした。

そして、御朱印集めをするようになった森から
すると、劇中の神社仏閣に行きたい!御朱印
頂きたいと、気持ちが秩父に傾きました!!

そうしたら、ちょうど勧めてくれたYさんが、
秩父に有志で集まって行くというので、
くっついて行くことになりました。

池袋から西武秩父まで約2時間で到着。
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最寄り駅ではないのですが、そこから
秩父神社に向かうことに。

まず、隣駅の御花畑駅という、
ウソのような本当の駅名に向かって
歩きます。

その近くには、「あの花」の
ロケ地とは関係ないですが、
秩父三十四観音霊場の十三番札所の
慈眼寺(じげんじ)があります。
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駅の傍で、名物の味噌ポテトを購入。
そぼくな美味しさ。

慈眼寺に向かう途中、踏切のところに
人だかりができてました。
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なんだろうと思ったら、SLが走っていました。
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偶然、走る時間に来れたので、記念に
写真を撮りました。
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こういう、目的以外の思わぬ出来事は
嬉しいですねえ。

踏切からちょっと歩くと、
慈眼寺に到着しました。
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古色蒼然としたお堂はいいですね。

昔から大切に守られている。
そんな感じがして良いです。
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本堂は、明治11年(1878)の秩父大火で
焼失してしまいますが、明治34年(1901)に
一番札所、四萬部寺の本堂を模して
再建したとのことなので、
100年以上前に建てられたことになりますね。

御本尊は行基作といわれる聖観世音菩薩像です。
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御朱印は、左隣の納経所で書いて頂けます。

納経所というよりは、お土産やさんのような佇まい。

中へ入ると、メグスリの木のお茶が飲める
ようになっていました。
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渋みもなく、飲みやすく、
喉も乾いていたこともあったので、
何杯でも行けそうなくらいでした。
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御朱印、拝受しました。
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しかし、メグスリの木のお茶といい、
境内には、薬師如来も祀られているので、
(訪れたときは、修復のため本堂に祀られていました)
寺名が慈眼寺ということもあって、
御本尊は聖観世音菩薩ですが、薬師如来が
前面に出てるような感じがしちゃいます。
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帰り際、案内板を読むと、
山号の旗下山は、日本武尊が
東国征伐の際に、この地に旗を
立てさせたことからきてるようです。
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歴史深いお寺だなあと改めて感じました。

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# by yagiou17 | 2017-05-20 00:50 | 埼玉県 | Comments(0)

亀戸香取神社 亀戸で勝運の御利益が期待できる神社

亀戸天祖神社から東南に向かって
歩くと、亀戸香取神社に到着しました。

グーグルマップで見れば、
亀戸天神社と天祖神社と亀戸香取神社の
位置を結べば、三角形になり、距離的にも
歩いて巡れる、良いコースだと思います。

鳥居の前にはきれいなトイレがありました。
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境内でなく、神社前にあるって珍しいと
思いました。

真っすぐに伸びた参道が境内の広さを
物語っています。

一歩入ると、きれいに均された砂利、
緑豊かな樹々があり、爽やかな気分になります。
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手水舎で手を洗うと、近くに
亀戸大根之碑がありました。
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これは亀戸香取神社周辺が亀戸大根の
栽培の中心地であったことにちなんでいます。

一般的な大根に比べて小ぶりで、先端が
尖った形が特徴的な亀戸大根は、
江戸時代後期から明治時代にかけてさかんに
栽培されていました。
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しかし、大正時代の終わり頃から、
当社周辺の宅地化が進んだことで、産地が
江戸川区の小岩や葛飾区の高砂へと移って
しまいます。

現在は当社で、毎年3月の初旬に亀戸大根の
収穫を祝う、福分け祭りが行われ、
参拝に来られた方々に
無料で亀戸大根を配っています。
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拝殿へと進むと、右手前には、
平成15年4月吉日に亀戸の地名の元と
なったと言われる亀ヶ井戸を再興した
記念碑と、大国天と恵比寿天の石像が
ありました。

亀戸の地名は亀ヶ井という井戸が
いつしか、井がとれて亀戸となり、
江戸時代には亀戸村と呼ばれていたといいます。
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大国天と恵比寿天の石像はもともと
亀戸七福神として当社に鎮座していたものが
こうして新しくなったとか。

こちらの水は井戸を掘って復元したのだそうです。
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拝殿にて参拝後、社務所にて御朱印を
お願いしました。

では、出来上がりまで由緒でも。
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天智天皇4年(665)このあたりがまだ、
亀の形をした孤島だった時、
藤原鎌足が東国に下向した際に、
島に船を寄せて、香取神宮の御分霊を
勧請したことが始まりと言われています。
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その後、平将門追討の際に藤原秀郷が
当社にて戦勝を祈願し、見事乱を鎮めると、
感謝の意から弓矢を奉納。

その弓矢は「勝矢」と名付けられ、
祭事として、勝矢祭も行われるようになりました。
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御祭神である経津主神は武神として有名。

そんなところから、勝負事ということで、
スポーツの神としても崇められ、
試合前などには勝利を願う参拝者が多く
訪れる神社として親しまれています。

御朱印、拝受いたしました。
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帰るとき、境内にあった社宝の展示室を
覗いたりしました。

中のお神輿は「こんにゃく神輿」です。

なぜこんにゃくなのかというと、
屋根部分と胴体部分と台座部分が、
それぞれ別の動きをするので、
グニャグニャっとした感じを
こんにゃくと言ってるようです。
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大変珍しいもので、国内には
2基しかないそうです。

4年に一度の例大祭の時にしか
渡御しないそうです。

どんな動きなのか実際に見てみたいものです。

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# by yagiou17 | 2017-05-17 22:29 | 江東区 | Comments(0)

亀戸天祖神社 緑あふれるなごみの神社

亀戸天神社から北へ真っすぐ
歩くこと10分程で、
天祖神社に到着しました。

住宅街の中に、ポッコリと
樹々が生い茂った鎮守の森が
ありました。
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境内に入る前から、なんだか
ホッとする、暖かな雰囲気が
伝わってくるようで、嬉しくなりました。
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境内に入ると、より樹々の優しさに
囲まれてるような気分になります。
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拝殿は、どっしりと重量感のある、
鉄筋コンクリート造り。
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昭和4年(1929)日本最初の防災建築
として建立された社殿は、外側は
コンクリートですが、内側は檜造り
という、耐火金庫の特性に似た
原理の社殿となってます。
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そのためか、東京大空襲時にも社殿は
焼失を免れ、災難除けの御利益があると
言われています。

(江東区で似たような社殿に猿江神社
あるのを思い出しました)

参拝後、社務所へ行き、御朱印をお願いしました。
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では、出来上がりまで由緒でも。

創建は推古天皇の御代(592~628)と
大変古く、聖徳太子作の御神像が祀られてる
といわれ、応永年間(1394~1427)初期に、
良博和尚が霊夢の導きにより、
再建したと伝わります。

御朱印、拝受致しました。

御朱印には柳島総鎮守とありました。
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これは、現住所は江東区亀戸ですが、その昔
この地域は湾の奥に点在する小島の一つで、
その島の総鎮守だったことの名残です。

あと、天祖神社というと御朱印帳。
(実はこれがお目当てだったりします)
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緑を基調とした刺繍がかっこいいデザイン。
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案内によれば、天皇陛下即位20年奉祝大祭の
記念に作られたそうです。

表面は歩射の姿をあしらったデザイン。
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天正年間(1573~1593)疫病が大流行した際、
織田信長が使者を遣わせて、
流鏑馬を奉納したところ、
疫病が治まったというエピソードがあり、
以来、流鏑馬式から歩射にかわりましたが、
毎年祭事として行われています。
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裏面は柳島ゆかりということで、
柳と社紋の左三つ巴が
あしらわれています。

終始にこやかに御朱印を対応してくださった、
宮司さんといい、本当に神社全体が
ほんわかとした、居心地のよい空間でした。
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そのせいか、境内の犬も猫ものんびりしてる
ように見えました。
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また、なごみの神社に参拝に行こうと思います。

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# by yagiou17 | 2017-05-14 23:09 | 江東区 | Comments(0)

亀戸天神社 東京十社 藤まつり

東京十社の1社である亀戸天神社に
いつか行こうと思っていて、
どうせ行くなら、藤まつりの時が
いいかな。と、ゴールデンウィークに
合わせて行くことにしました。

亀戸駅から歩いて、
神社の前に到着すると、
参拝者でいっぱいでした。
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太鼓橋を渡ると、
左手に菅公像がありました。
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5歳の時に和歌を詠むとは、さすが
学問の神様!

隣には、天神様ゆかりの鳥である
鷽の像がありました。
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鷽を嘘と考え、
嫌な出来事も嘘にして、
鷽が幸運に変えてくれるという
風習が、江戸時代初期から始まった
と言われています。

正面には手水舎があります。
亀戸天神社らしく、亀がいました。
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拝殿前も大変なことになってます。

初詣(お正月シーズン)以外で、
こんなに参拝者がいるのを
見るのは初めてかもしれません。
それだけ人気があるってことですね。
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参拝を無事に終え、右手にある社務所
にて御朱印をお願いしました。
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では、出来上がりまで由緒でも。

正保3年(1646)九州太宰府天満宮の
神官であった、菅原道真の子孫である、
菅原大鳥居信祐(しんゆう)公は
神のお告げにより、飛び梅の枝で天神像を刻み、
天神像を祀るにふさわしい場所を求めて、
諸国を巡り歩きました。

そして寛文元年(1661)
江戸の本所亀戸村にたどり着いた時、
元々村にあった天神の小さな祠に
天神像を祀ったのが
始まりと言われています。

その頃の江戸は、明暦の大火(1657)
による被害が甚大でしたが、
本所の町を復興開発の重要地点と定め、
四代将軍家綱が寄進しました。
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寛文二年(1662)10月25日には
本社の太宰府にならい、
社殿、回廊、心字池、太鼓橋などを作り、
東の太宰府天満宮という意味合いで、
「東宰府天満宮」と呼ばれるほど、
立派な神社になり、
ますます庶民からの崇敬を
集めるようになりました。

しかし、戦災により社殿は焼失。

現在の社殿は昭和54年(1979)に
再建されました。
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由緒で知りましたが、社殿の豪奢な感じや、
全体的な雰囲気はとても昭和後期とは
思えない貫禄がありますね。

御朱印、拝受いたしました。

藤まつりの印が嬉しいですね。
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帰りに藤棚を見てまわりましたが、
残念ながら、花はしぼんで
寂しい感じでした。
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5月でなく、もう少し早く
来るべきだったなと
思いました。

でも亀ののんびり感に癒されました。
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# by yagiou17 | 2017-05-10 23:44 | 江東区 | Comments(0)

麻布山善福寺 真言宗から浄土真宗に宗旨を改めたお寺

浄土宗、真言宗、曹洞宗と
お寺にはいろいろな
宗派がありますが、
どの宗派も御朱印を書いていただけます。

*日蓮宗は御朱印でなくお題目になります。

しかし、そんな中、御朱印を
書いていただけない
宗派があります。

浄土真宗です。

そもそも御朱印というのは、写経したものを
お寺に納めた時に、その証明書として書いて
頂くもの。

(今は参拝記念色が強いですが)

でも浄土真宗は、念仏を唱えるだけで良いという
考えから、写経をすることがありません。

写経をしないのですから、証明書を発行する必要も無い。
だから、御朱印は書かない。ということになります。

なので、長らく浄土真宗のお寺には
行かなかったのですが(おいおい)

浄土真宗のお寺にもかかわらず、
御朱印を頂いている方が
いらっしゃるのをネットで見たので、
どういうことなんだ!?

と気になり、実際に頂けるかどうか、
確かめに行って来ました。

お寺は、麻布山善福寺。

最寄り駅は麻布十番駅となります。
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お寺よりも高級タワーマンションである、
元麻布ヒルズフォレストタワーの
迫力に押されそうですが、
境内へと向かいます。
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入り口手前には
「最初のアメリカ合衆国公使宿館跡」
の石碑がありました。

参道を進むと、右手に柳の井戸がありました。
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弘法大師が錫杖で地面を突き刺すと
井戸水が湧いて出たと
言われるものです。

更に進むと、立派な門がありました。
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勅使門といって、
文永の役(1274年)による
蒙古襲来に際して、
善福寺は亀山天皇の
勅使寺になりました。
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門はそれに由来するものでした。

勅使門をくぐり境内へ。

中には、
「最初のアメリカ合衆国公使宿館跡」
の案内板と、初代アメリカ合衆国公使の
タウンゼント・ハリスを刻んだレリーフが
ありました。
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これを見て思い出したのが、
以前行った済海寺境内にあった、
日本で最初のフランス公使宿館跡の案内板。

港区は港っていうくらいだから、
外国とのつながりが
ひときわ強い区なのでしょうか?

大使館の数も23区内で一番多いと言われています。

他にも港区のお寺を巡っていれば、
公使宿館跡の記念碑を
見るかもしれませんね。

本堂へ向かい参拝。
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本堂の案内板によると、
なんと三度目の移築の末に
この地に落ち着いたようです。
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上野の寛永寺も移築と
知ってびっくりでしたが、
3回移築って凄いですね。

参拝後、本堂から少し離れた右手にある
寺務所へ行きました。
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御朱印を書いて頂けるか聞いたところ、
大丈夫とのことなので、
御朱印帳を預けて待ちました。

では、できあがりまで由緒でも。

平安時代の天長元年(824)弘法大師空海が、
真言宗を関東一円にひろめるため、
開山したのが、善福寺の始まりでした。

鎌倉時代になると、越後国に流されていた
親鸞聖人が、京へ上る途中、善福寺を訪れました。

迎えた了海上人は親鸞聖人との法談で、
真言宗から浄土真宗に宗旨を改めました。

江戸時代には三代将軍家光による
本堂の寄進などあり、
ますます発展していきました。

ちなみに、虎ノ門は当時の
善福寺の山門だったといいます。

(善福寺から虎ノ門の方角を見ると北東=寅ですね)

現在の地理を考えれば、
相当な広さの寺領だと伺えます。

御朱印、拝受いたしました。

改宗したとはいえ、
浄土真宗のお寺で御朱印を
頂けました。
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御朱印には、
アメリカ合衆国公使宿館跡の印が
あるのは、改めてお寺の歴史の一部を
確認できて良いですね。

ご本尊には銀杏御坊佛と記されていますが、
これは、境内にある天然記念物の逆さ銀杏から
きているようです。

親鸞聖人が善福寺を訪れた際、
地面に挿した杖が芽吹いたといわれるもの。

勅使門の右手にあったようですが、
まったく気づきませんでした(汗)

再訪の際はしっかり確認したいと思います。

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# by yagiou17 | 2017-05-07 22:21 | 港区 | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
by 森
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