御朱印の森

「東京&関東 開運神社の御朱印ブック」2017年12月14日発売!!

c0361995_11571759.jpg
2年前の2015年12月18日に発売された御朱印本、
「東京 ステキな神社の御朱印ブック」が
好評につき、その第2弾として、
「東京&関東 開運神社の御朱印ブック」が
2017年12月14日発売されることになりました。

前回の本では御朱印と御朱印帳を資料として
提供しただけでしたが、今回はなんと、神社に
取材に行って、記事を書くことになりました(^_^)

話があったのは今年の7月。

実業之日本社のM編集長から、今度
「御朱印本 関東の古社編」を出すため、
企画会議をする。とメールをいただき、

翌週には企画が通ったので、作成スタート時に
ミーティングをするので、協力して欲しいと
連絡が来ました。

しかしそれ以来、連絡が無く、あの話は
何だったんだろう?と忘れかけていた時に、
8月上旬に、御朱印本の編集長のA編集長から、
メールが来ました。

前回同様、御朱印と御朱印帳の
資料としての提供はもちろんのことですが、
今回は原稿も書いて欲しいと書かれていたので、
ビックリしました。

取材・執筆の詳細は改めて説明するので、
1週間ほどで返事が欲しいとのこと。

森は、原稿を書いてみたいと思っていたので、
すぐに協力できます。と返信しました。

すると、森が千葉県船橋市出身在住
ということから、千葉県にある神社

「意富比神社(船橋大神宮)」
「葛飾八幡宮」
「検見川神社」
「駒木諏訪神社」
「櫻木神社」
「麻賀田神社」
  
6社分を担当することとなりました。

原稿執筆ができるようになり、とても
嬉しいのですが、森は普通のサラリーマンで、
本職のライターさんでは無いということもあり、
実際に取材に行けるのは、週末の土日だけ。

具体的に動き出したのは9月になってからで、
締め切りは10月上旬までとのこと。

なので、9月の週末はびっしりと神社での
取材に費やされました。

初めての取材は緊張しましたが、
普段、お参りに行って宮司さんに
神社の事を質問しても、長くても
5.6分くらいなものですが、
しっかりアポイントを取っての
取材ということで、毎回1時間くらい
お話ができ、貴重な資料を見ることが
出来たりと、とても充実してました。

取材が終わると、いよいよ原稿執筆です。
c0361995_11571798.jpg
本の構成上、1記事150~200文字でまとめ
ないとならないのですが、
普段ブログを書くときは、
自分の好きなように書けばいいけど、
制限内にまとめないといけない
とうのには、やはり困りました。

しかも、情報は過不足なく、簡潔に
わかりやすくしないとならない。

書き終わった原稿をメールで送り、
A編集長にチェックしてもらいますが、
なかなかOKを頂けず、何度も訂正しました。

何とか、6社分の原稿を書き上げると、
出版前の校正PDFが送られてきました。

具体的にこのような本になりますよ。
とわかる、最終チェックの状態を
見たのですが、森が書いた通りに
載っているものもあれば、
編集長の意向で、書き直しされた
ものもありました。

OKを頂いたはずなのに、何で?と思いましたが、
情報が増えているにもかかわらず、より簡潔に
わかりやすくまとまっているのを読むと、
流石にプロは違う!と素直に脱帽。

この校正で大丈夫です。と返事しました。

あとは各神社の方がチェックして
OKとなれば、いよいよ出版となります。

森の仕事はここまで、後は12月上旬
発売予定の本の出来上がりを待つだけ。

そして、その本が12/9に送られてきました。

「ああ、やっと出来たんだ」と
ホッとして、喜びました。

夏に話があって、秋に原稿を書いて、
冬に本が完成するという、
1冊の御朱印本が出来るまでを
最初から最後まで関わった、約半年間と
なりました。

普通のサラリーマンで、このような
体験ができたのは、まさに御朱印が縁!

御朱印の御利益というのはあるんじゃないか!

そう思えちゃいます。
c0361995_11571755.jpg
さて、今回の御朱印本は、前回の東京だけで
なく、関東とググッと範囲が広がったので、
さらにボリュームアップ!!

いろいろ出かけてみたくなる神社も多くなる
ことでしょう。

旅のお供に、参拝のお供に、御朱印帳サイズの
「東京&関東 開運神社の御朱印ブック」を
ぜひ、よろしくお願いします。

FBページ
https://www.facebook.com/gosyuripo7/

[PR]



# by yagiou17 | 2017-12-10 12:08 | 御朱印本に協力しました!! | Comments(0)

海岸寺 姫島の高台にあるお寺

姫島での神社仏閣巡り。
最後に浄土宗 海岸寺に行きました。
c0361995_23381827.jpg
c0361995_23381896.jpg
細い路地を歩くと、蛇行した
階段の上にお堂が見えました。
c0361995_23384466.jpg
振り返ってみると、実にいい風景。
なんか癒されます。
c0361995_23444030.jpg
境内には、閻魔大王の石造がありました。
c0361995_23394259.jpg
本堂の立て直しの際、境内の土中から
出てきたそうです。

明治の神仏分離による破壊を免れる
ために埋めて隠したのかも知れません。
c0361995_23394279.jpg
10個あるので、十王像と呼ばれてる
そうです。
c0361995_23394250.jpg
一番右端のは奪衣婆だと思います(^_^)
c0361995_23401751.jpg
参拝をした後、庫裏にて御朱印を
お願いしました。

御住職の奥様が対応してくださったのですが、

「御朱印ですか?うちではやってないんですけど」

と困った感じでした。

「そうなんですか」ってがっかりしてたら、
Fさんが「この人は東京からきて~」と
援護射撃をしてくれました。

すると、ちょっとお待ちくださいと奥へ
行ったかと思うと、
「書けるということなので、お待ちください」
と本堂にあがって、待つことになりました。

ありがたいことです。

あらためて、御本尊の前にて参拝。
c0361995_23410033.jpg
隣の部屋へ移動して、お茶と茶菓子を
いただきつつ、御朱印の出来上がりを
待ちました。

10分程たった頃、御住職が御朱印を持って
来てくださいました。

御朱印が書けないと言ったのは、
はんこが無いからとのことでした。

(確かに、境内社とかの御朱印は無いんですか?
って聞くと、境内社のはんこが無いから出来ないです
って言われたことがあります)

しかし、出来上がりを見れば立派な
御朱印です。
c0361995_23413259.jpg
御住職が森の御朱印帳を見て、
「真戒寺さんはこんな立派なはんこなんだ」って
何か、同じ島内ってことで気になったらしく、
今度うちでもこういうの作ろうかな?
といったふうに感心してました。

この後は、Fさんが森とのいきさつと
姫島に来た経緯を説明し、地元の話で
盛り上がっていました。

その話の中で、大学に行くにあたって、
九州の人は大体京都へ行くけど、自分は
人と同じなのは嫌ということで、
大正大学に行って学んだというのが
印象的でした。

最後に改めてお礼を言ってお寺を後にしました。

帰るとき、もう一度お寺からの眺めを堪能。
c0361995_23430439.jpg
今回初めて姫島に来ましたが、ほんとうに
のんびりとした雰囲気いっぱいで、
気分がほぐれます。

姫島八十八ヶ所巡りもしたいし、
また姫島に来たいなと思いました。

[PR]



# by yagiou17 | 2017-12-08 23:49 | 大分県 | Comments(0)

大帯八幡社(おおたらし) →拍子水→島名由来の神社を巡る

c0361995_00130726.jpg
続いて、姫島のフェリー乗り場から徒歩
数分程の距離にある、
大帯八幡社(おおたらし)に行きました。
c0361995_00140788.jpg
境内はT字型のように
直線的に広々としています。
c0361995_00144680.jpg
正面の拝殿が今まで見たことない、
独特の形をしていました。
c0361995_00152373.jpg
横に長く伸びる拝殿の壁には穴があり、
そこに境内社を祀っています。
c0361995_00155701.jpg
西洋の建築デザインで、ニッチという
ものがありますが、お墓としては
壁の穴に遺骨や遺品を納めますし、
部屋のインテリアとしては、
そこにフォトスタンドや
花を飾ったりしてますが、
c0361995_00163436.jpg
ニッチにすることで、
境内社もスッキリと納まり、
スタイリッシュな空間を演出してて、
とにかく、洒落てるなあと思いました。
c0361995_00172032.jpg
お賽銭箱の横を見たら、随身がいたので、
拝殿は隋神門も兼ねてることがわかりました。
c0361995_00172118.jpg
なんて合理的な拝殿なんでしょう。

と、感心していると、Fさんと
宮司さんがお知り合いということで、
(島民とは殆どお知り合いですが)
案内するために来てくださいました。

拝殿の中に入れることになったので、
見学させていただきました。
c0361995_00184252.jpg
中に入ってわかったことですが、
拝殿は「工」の字の形になっていました。
c0361995_00184238.jpg
c0361995_00184302.jpg
こちらでは神前結婚式ができるようです。

外へ出て、本殿を見たら2棟の社を前後に
連結させてひとつの社殿とする、
いわゆる、八幡造りの本殿でした。
c0361995_00192431.jpg
「普通、神社は玉垣で囲まれますけど、
この地方は、壁で囲んでいるのが特徴です」
と宮司さんがおっしゃってました。

言われてみてから、周囲を見ましたが、
確かに玉垣ではなかったですね。

そう言えば、手水舎の所に赤い球が
ぶら下げてあるのが気になっていたので、
あれは何ですか?って聞いたら、
c0361995_00204194.jpg
「カラス除けです」とのことでした。

それこそ、この地方独特の何か
呪いというか、風習かと思っていたのですが、
カラス除けでしたか(;´▽`A``

参拝の記念ということで、宮司さんに
御朱印をお願いしました。

では、出来上がりまで由緒でも。
c0361995_00213054.jpg
当社は古くからありますが、
元治元年(1864)の大火により、
神社の記録が焼失してしまったため、
詳細なことは不明とのこと。

しかし、広島県呉市の亀山八幡宮に
ある棟札には大帯八幡社の社名と共に、
正和元年(1312)と記されている事から、
その当時には当社があることが伺えます。

ちなみに、
宇佐神宮→大帯八幡社→亀山八幡宮と
勧請されているようです。

御祭神は

帯中日子命(たらしなかつひこのみこと):仲哀天皇
息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと):神功皇后 
品蛇和気命(ほむだわけのみこと):応神天皇  

の3柱で、大帯の名は神功皇后の別称、
大帯姫(おおたらしひめ)から来ているようで、
応神天皇を御産みになったことから、
安産の神とも言われ、そのことから
江戸時代には杵築藩主松平家の
安産祈願所になりました。

御朱印、拝受いたしました。
宮司さん、ありがとうございました。
c0361995_00232572.jpg
この後は、姫島七不思議のひとつである、
拍子水に連れて行ってもらいました。
c0361995_00265952.jpg
c0361995_00265924.jpg
比売語曽(ひめこそ)の神がお歯黒を
つけた後に、口をすすごうとしたけど、
水がなかったので、手拍子を打って、
天に祈ると、岩の間から冷水が湧きだした
という伝説の水は、温泉水ということでか、
匂いと味が鉄っぽくて、正直美味しいとは
言い難かったです。
c0361995_00270013.jpg
c0361995_00265984.jpg
けど、体には良さそうな感じはありました(^_^)


さらに、姫島という島の名前の由来になった
神様を祀っている神社、
比売語曽社(ひめこそしゃ)に
連れて行ってもらいました。


日本書紀の中に、このような事が記されています。

垂仁天皇の御代、意富加羅国(現在の韓国南部)の王子、
都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が連れていた
牛がいなくなり、探したところ、
郡公が殺して食べたことが判明。

責任追及すると、神として祀っている
白い石を渡しました。

持ち帰って寝室に置くと、白石は美女になりました。

王子は求婚しますが、美女は海を渡って逃げて、
攝津の難波を経て豊後姫島に辿り着いた。

そこで、美女は比売語曽の神となったといいます。

森はこの話から、
阿加流比売神(あかるひめのかみ)の
ことを思い出しました。

古事記の中の話ですが、新羅の沼のほとりで
女性が赤い玉を産んだのを
たまたま見た男が、その玉を譲ってもらった。

ある日、男が牛に食べ物を積んで歩いていると、
新羅の王子、天之日矛(あめのひぼこ)と出会いました。

王子は牛を殺して食べるのではと思い、捕えようとします。
その当時、牛を食べることは許されないこと。

男は、そんな気は一切なかったけど、
許してもらうため、赤い玉を渡しました。

王子は屋敷に持ち帰り、
床に置くと赤い玉は美女になりました。

王子は美女を妻にして、楽しく過ごしていましたが、
ある日強く罵ると、「親の国に帰る」と言って、
小舟に乗って難波の津に逃げた。
というもの。

赤と白の違いくらいで、ほとんど同じ内容だと
思います。

韓国の王子から逃げてきた美女が
日本で姫になる。

このパターンが何を意味しているのか、
気になるところです。
c0361995_08203992.jpg
そういえば、阿加流比売神でお参りしたのですが、
社殿の写真を撮るのを忘れてました(^_^)

[PR]



# by yagiou17 | 2017-12-02 10:49 | 大分県 | Comments(0)

真戒寺(しんかいじ)と姫島の歴史観光スポット

c0361995_22115770.jpg
いよいよ国東(くにさき)から姫島に向かいます。
c0361995_22115717.jpg
姫島まではフェリーで20分ほどで到着しましたが、
もう夕方なので、翌日お寺巡りをすることになりました。
c0361995_22115816.jpg
夜は姫島ならではのものを食べて欲しいと、
Fさん行きつけのお店に行きました。
c0361995_22133856.jpg
車えびは色鮮やかで、身はプリプリ。
c0361995_22133985.jpg
あと、タコのタマゴを食べました。
c0361995_22133932.jpg
臭みが無く、食べやすくて美味しかったです。

翌日の朝、姫島の西側に位置する、
フェリー乗り場から歩いて数分の所にある
真戒寺(しんかいじ)に行きました。
c0361995_22155962.jpg
門前には国東でおなじみの石造の仁王像がありました。
c0361995_22155900.jpg
c0361995_22155941.jpg
すっきりと広い境内に藤棚と
松がアクセントとして
目につきました。
c0361995_22160076.jpg
そして、全体的にのんびりとした村のお寺さんと
いった雰囲気がたまりません。
c0361995_22174371.jpg
c0361995_22174352.jpg
石仏、そして狛犬があるところが、
神仏習合の面影を感じさせます。
c0361995_22190241.jpg
c0361995_22190256.jpg
c0361995_22190246.jpg
大師堂は金比羅社であったものが、明治の
神仏分離令で大師堂になったといいます。
c0361995_22201012.jpg
本堂にて参拝後、御住職に御朱印を
書いて頂きました。
c0361995_22204111.jpg
御朱印にあるとおり、御本尊は大日如来です。
c0361995_22225300.jpg
当寺は真言宗御室派でしたが、昭和40年(1965)に
高野山真言宗になり、現在に至っています。
c0361995_22225396.jpg
石票にも確かに高野山真言宗とありました。
c0361995_22215075.jpg
さらに、御朱印には「姫島八十八所霊場」の
印がありますが、これは四国のお遍路を
島内に模したもので、

御住職が年2回、遍路路を巡りながら、
姫島灯台などの観光スポットを
巡るイベントを行っています。

c0361995_22245686.jpg
この後は、Fさんに島内の歴史的なスポットに
連れて行ってもらいました。
c0361995_22245579.jpg
4ヵ国連合艦隊が下関に向かう途中、
イギリスの旗艦に乗船していた、
従軍写真家が撮った写真と
同じ位置に立って見れるポイントに来ました。
c0361995_22245507.jpg
その当時を思いながら、写真と海を交互に見てたら、
自分がその時代にいて、軍艦が通過するのを見ているような
感じになりました(^_^)
c0361995_22245542.jpg
姫島には勝海舟も訪れているという記録があります。

少し移動して、観音崎の千人堂に来ました。

こちらは姫島七不思議のひとつで、
大晦日の夜、債鬼(さいき)に追われた
善人を千人かくまえるといわれているところから、
千人堂と呼ばれていますが、こんな小さなお堂に
千人どころか、10人でもつらそうです。
c0361995_22245605.jpg
まさに七不思議ですね。
c0361995_22350571.jpg
ちなみに、債鬼って借金取りのこと。

鬼のように取り立てるとか。

恐い(;´Д`)

[PR]



# by yagiou17 | 2017-11-25 22:37 | 大分県 | Comments(0)

ペトロ・カスイ岐部 日本人として初めて エルサレムを訪問 

神仏習合色が強い大分県の神社仏閣を
巡っていたのですが、こんな所もあると、
ペトロ・カスイ岐部記念公園に
案内して頂きました。
c0361995_22501393.jpg
ペトロ・カスイ岐部は日本人として初めて
エルサレムを訪問したという大変な活躍を
した方なのですが、
森はまったく知りませんでした。
c0361995_22501483.jpg
画像の中に、井上筑後守政重と映っている
ものがありますが、ペトロ岐部を詮議する
井上筑後守の銅像です。

井上政重はペトロ・カスイ岐部を
転教(キリスト教をやめさせる)させるべく、
酷い拷問をしました。
c0361995_22501595.jpg
しかし、最後まで自分の思いを
貫き殉教してしまいました。

結局これは、処刑した者とされた者という銅像です。

知ってしまうと、とても悲しく見えてきます。
c0361995_22501456.jpg
キリシタン大名というと、
大友宗麟とか高山右近と、
名前は出てくるのですが、
九州でキリスト教・教会というと、
熊本県と長崎県しか思い浮かばなかったので、
てっきり、両県のどちらかの
出身だと思っていたのですが、
大分県出身でした。
c0361995_22501414.jpg
c0361995_22501391.jpg
というわけで、大分県も結構キリスト教の
歴史が色濃いんだなあと知ったのでした。

[PR]



# by yagiou17 | 2017-11-22 23:04 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
by 森
プロフィールを見る
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

検索

最新のコメント

> fujiryujin..
by yagiou17 at 22:26
狛犬ならぬ狛ウサギ・・・..
by fujiryujin at 20:42
> akkoさん 素盞..
by yagiou17 at 19:19
akkoさん コメント..
by yagiou17 at 19:11
わぁ、素盞雄神社に来られ..
by akko at 16:15
いいお話ですねぇ… アヒ..
by akko at 16:07