御朱印の森

天祖諏訪神社~坂本龍馬像と浜川砲台

大森貝塚遺跡庭園から
京急の立会川駅まで
歩いて移動(笑)
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ここから、大森海岸駅方面に向かって、
京急本線沿いにある神社仏閣を
巡っていこうという趣旨であります。

まず、立会川駅から左手に歩いて行くと、
坂本龍馬像がありました。
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ペリー来航に対し、防衛のために土佐藩が
砲台を作った時、坂本龍馬が沿岸警備に
あたっていたという縁から地元有志によって
銅像が造られたからです。
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案内板に沿って、今度は浜川砲台跡に向かいます。

歩いていると、浜川橋の袂に浜川砲台跡の
案内板があったので、矢印の方向に進みます。
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すると、坂本龍馬の壁画がありましたが、
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そこから先の案内が無く、どう行ったらいいのか
わからなくなりましたが、地元の方と思われる
男性がいたので、聞いたら、この先に公園が
あって、その中にあるよと教えてもらい、
辿り着けました。
(砲台跡というかレプリカがありました)
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ちなみに、龍馬像から数分歩いた所には、
土佐高知藩の下屋敷跡があります。

龍馬はかつて、ここを宿所として、浜川砲台
まで歩いていたと思われます。
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坂本龍馬が初めて江戸に出てきたのは、
嘉永6年(1853)4月。
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その2か月後にペリーが浦賀に来航しました。

ここでもし、ペリー来航が無かったら、
龍馬は江戸でどのように過ごすことに
なったのでしょうか?

もしくは、ペリー来航があったから、
海軍、航海などの必要性が高まったのか。

ペリー来航は日本への影響が
かなり高い出来事だったんだなと、
改めて思いました。

さて、浜川砲台跡から浜川橋に戻ると、
右前方に鳥居が見えました。
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行って見ると、そこは天祖諏訪神社でした。
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境内は砂利が綺麗にならされていて、
スッキリとした感じ。
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見ていて気分が良くなります。
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手水舎の奥のお社も気になりますが、
(池がそばにあるから、弁天様っぽい)
まずは、正面の拝殿で参拝することに。
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参拝後、社務所へ行って御朱印をお願いしました。
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では、いつものように出来上がりまで由緒でも。

社名から予想できますが、天祖諏訪神社は
天祖神社と諏訪神社が合祀された神社です。

昭和40年(1965)天祖神社の改築に伴い、
諏訪神社が合祀され、天祖諏訪神社となってます。
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天祖神社は昔は「神明社」と呼ばれていて、
平安時代後期には創建されていたようです。

諏訪神社は寛永8年(1631)以前の創建
だと伝えられています。

合祀されているというのは、
神紋からも伺えます。
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右側の菱のものは、伊勢神宮の神紋である
「花菱」で、左側の木の紋様は諏訪神社の
神紋「梶の葉」です。
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御朱印拝受。

神紋に合わせてか、右側に天祖と書かれ、
左側に諏訪と書かれてました。
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最後に、境内社の稲荷神社と
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厳島神社に参拝。
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とにかく、清潔感が溢れる、
爽やかな空間に癒されました。

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# by yagiou17 | 2018-11-14 22:00 | 大田区 | Comments(0)

大井鹿嶋神社と境外末社の水神社

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JR大森駅西口前の池上通りを右に進むと、
大森貝塚遺跡庭園があり、更に進むと
右手に大井鹿島神社がありました。
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正式名称は「鹿嶋神社」ですが、
旧大井村の総鎮守ということで、
「大井鹿嶋神社」と表記させて頂きます。

目の前にはすでに大きな社殿が見えます。

境内に一歩入れば、交通量の多い池上道路沿い
にあるとは思えないくらい、凛とした空気が
漂っているような感じがしました。
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手水舎の斜向かいには石碑があり、
鎮座壹千年祭記念碑と刻まれていました。
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当社は安和2年(969)に、
南品川常行寺の僧尊栄法印が、
鹿嶋神宮の御分霊を勧請したことに
よって創建されたと伝わっています
ので、もう千年以上前からある
歴史深い神社であることがわかります。
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境内はスッキリと広く、緑も多くて、
清々しく、落ち着いた雰囲気が良いです。
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昭和6年(1931)に総檜造りで造営
されたという社殿にて参拝。
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どっしりと威厳のある感じでカッコいいです。
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お賽銭箱は内側にあったこともあり、
中の様子を見させて頂きました。

御朱印は社殿右手にある社務所にて
頂けるのですが、行こうとしたら、
別のお社が見えたので、気になって
行って見ました。
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その前には、昭和44年(1969)
鎮座1000年の年に、樹齢約200年
ということから、品川区指定天然記念物
として認定されたタブの木がありました。
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さて、改めてお参りしようと近づくと、
どうやら、お社は覆屋で保護されて、
網も張られている状態でした。
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お社のそばで猫が気持ちよさそうに
寝てました(^_^)
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中を覗いてみると、彫刻(鎌倉彫)が
見事なお社がありました。
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こちらは、なんと旧社殿で、今ある
社殿に建てられていたものが、
彫刻が素晴らしいということから、
保存のため、現在の位置に移動となったそうです。
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石造りの随神像ってのも珍しいと
思いました。
(天明7年(1787)奉納)

旧社殿は文化8年(1811)に建造された
もので、現社殿と比べると、大きさは
圧倒的な差がありますが、彫刻という
観点から見れば、これはこれで立派な
社殿だと思います。

社務所にて、御朱印拝受いたしました。
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細くて、小さく書かれた文字が印象的でした。
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おまけ

神社仏閣を巡る途中で出会ったもので、
気になって写真に撮って置いたら、
実は大井鹿島神社に関係があるもの
だったので、掲載しようと思います。
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まず、来迎院石造念仏講供養塔
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森は庚申塔が好きなので、それしか
撮りませんでしたが(^_^;)
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掲示板に来迎院とありますが、
大井鹿島神社の別当寺だったんです。

そう言えば、供養塔の向かいには
お寺がありましたが、それが
来迎院だったんですね。
写真は撮りませんでした(^_^;)
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そのまま道なりに進むと左手に、
二宮尊徳の像が見えたので、
「えっ何で!?」と思って
行って見ると、そこは
「水神社」という、大井鹿島神社の
境外末社でした。
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境内に入ると、池があったり、
金魚が泳いでたりして、
とても涼し気な様子。
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奥には溶岩の小山のような
ものが見えたので、
富士塚か!!とコーフンしましたが、
石碑の文字には浅間神社ではなく、
「九頭龍大権現」とありました。
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こちらは、貞享2年(1685)に
水の神様を祀るために創建された
神社でした。
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現在はポンプで地下水を汲み上げている
ようですが、こうして枯渇せず水が
出ているのですから素敵だと思います。
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結局、水神社に何で二宮尊徳像が
あったのかわかりませんが(^_^;)
大井鹿島神社の近くにあるので、
セットで巡って見てみては
いかかでしょうか?

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# by yagiou17 | 2018-11-09 23:16 | 大田区 | Comments(0)

大森貝塚 大森駅から遺跡庭園~史跡巡り

大森に住んでいる知人の家に
遊びに行くことになったのですが、
せっかく大森まで行くんだから、
家に行く前に、神社仏閣など
散策したいなと思いました。

で、どこに行くか調べてるうちに、
「大森貝塚」というキーワードが
出てきて、気になってしまいました。

大森駅には、記念の石碑があるようで、
神社仏閣に行くにも、まずは大森駅に
行かない事には始まらないし、スタートとしては
ちょうどいいなと、まずは大森貝塚に
ついての歴史散策をすることにしました。
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大森駅に到着し、
ホームにある石碑を探すと
ありました。

日本考古学上最初の遺跡といわれる大森貝塚は、
明治10年(1877)
アメリカの動物学者E・S・モースによって発見され、
発掘調査の結果、
縄文時代後期の遺物が出土したことで、
国の史跡に指定となりました。
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モースが、横浜から新橋へ向かう汽車に乗り、
大森駅を出発した直後に、
車窓から貝殻の堆積している場所を発見しました。

そんなことから大森駅に記念碑ができたようです。

ちなみに、大森駅はモースが発見する1年前の
明治9年(1876)の6月12日に開業してます。
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大森駅西口を出て右に曲がって道なりに進むと、
NTTデータ大森山王ビルがあるのですが、
その近くに、「大森貝墟」の碑があるので、
見に行きました。
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ビルの前には南方に棲むハイガイが発見された
ことを記念しての碑もありました。
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案内に沿って進んでいくと、奥に
「大森貝墟」(かいきょ)の
碑がありました。
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この碑はモース博士の訃報をきっかけとして、
博士と縁のある人たちが発起人となり、
功績をたたえるためつくられたものです。
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線路との距離も短いから、車窓から
見ることができるかもですね。

ビルの前には、「大森貝墟」の碑の
2分の1のレプリカもあります。
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NTTデータ大森山王ビルから
右に道なりに歩いて数分で、
大森貝塚遺跡庭園に到着しました。
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園内は広く、開放的な雰囲気でした。
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入って近くにトイレがあったのですが、
縄文土器をモチーフにしているところに
イメージの統一化というか、こだわりを
感じました。
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モース博士の胸像があったり。
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モース博士生誕の地、ポートランド市と
品川区が姉妹都市提携したことを
記念に建立された碑があったり。
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地層をイメージした回廊は大きく、
階段で登れるようになってました。
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他にも縄文時代の様子がわかる
プレートがあり、
ちょっとした学習コーナーの
ようでした。
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こちらは、貝塚跡。
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発掘調査で、実際に貝塚が発見された
地点を示しているそうです。
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庭園奥には、大森貝塚の碑がありました。
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こちらも線路のそばに建立されてますが、
これはモース博士が車窓から貝塚を発見した
ことにちなんで、車窓から碑が見えるように
したのでしょうか。

最初に見た「大森貝墟」の碑は大田区にあり、
大森貝塚の碑は品川区にあります。

大森駅を出てすぐの所で発見されたということで、
大森貝塚と呼ばれてますが、結局大田区と品川区
どちらが大森貝塚なのか?はっきりとしてない
ようですが、庭園に貝塚跡があるってことだけで
考えれば、品川区ということになるのでしょうか。
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今回は行きませんでしたが、庭園整備などの
発掘調査の際に見つかった、魚や動物の骨
などが、品川歴史館に展示している
ということなので、
次の機会に見に行ってみようと思います。

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# by yagiou17 | 2018-11-06 23:21 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

湯島聖堂 孔子廟と御朱印

飯田橋から秋葉原まで、
神社仏閣を巡るツアー。

最後は湯島聖堂に行くことに。

(秋葉原まで行く予定でしたが、
巡った先々で思った以上に時間を
使ってしまい、御茶ノ水までと
なりました)

今回、湯島聖堂に行く理由は、
行ったことが無いので、行ってみたい
という単純な動機と、御朱印を
頂けるということを知ったからでした。

湯島聖堂は、史跡であって、
神社でもなく、お寺でもないのですが、
でも御朱印があるのであれば頂きたいので、
本当かどうか、向かってみました。
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外堀通りを御茶ノ水駅方面へと
歩き、聖橋を過ぎて左手に
湯島聖堂はありました。

入口から入ってすぐ近くに、
斯文(しぶん)会館という建物が
あるのですが、こちらで御朱印を
書いて頂けるようになってますが、
まずは本堂もとい大成殿へ行くことに。
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まずは仰高門から入ります。

仰高とは孔子の徳を仰ぎ見るという意味だそう。
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真っすぐに伸びる石畳の道を緑が覆っていて、
歩いていると、清々しい気分になります。
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突き当たって右手には、
世界最大だという(高さ4.57メートル)
孔子の銅像がありました。
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(昭和50年(1975)中華民国台北市ライオンズクラブ
からの寄贈で、銅像として世界最大とのこと)

突き当り正面には、楷の樹があり、
説明版には、書道の楷書の楷はこの樹が語源
なったとあり、
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孔子の墓所に植えられている樹であることから、
こちらでも育てようということで、植えられたようです。
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左に曲がり、そのまま道なりに進むと、
入徳門がありました。

湯島聖堂は大正12年の関東大震災によって、
入徳門と水屋以外は、全て焼失してしまいました。
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なので、この入徳門は木造のまま残った建物です。

(他の建物は鉄筋コンクリート造りで再建されました)

入徳門を潜ると、右手に水屋があり、
さらに進むと、杏壇門がありました。
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こうして歩いていると、なんだか
中国に来たような気分になってきます。
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杏壇門の先には重厚でどっしりとした
貫禄が伝わってくる大成殿がありました。
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大成殿の中に入れるのは、
土・日・祝日のなのですが、
ちょうどこの日は土曜日だったので、
入ることが出来ました。
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(施設維持費として200円納めます)
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大成殿の中には孔子の像はもちろん、
四賢像(孟子、顔子、曽子、子思)が
祀られています。
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他にも、関連図書やお守りの頒布場所が
あったり、屋根の上に飾られていた
鬼犾頭(きぎんとう)鬼龍子(きりゅうし)
が展示してありました。
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現在はこんな風に飾られてます。
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一通り殿内を見終わったので、
斯文(しぶん)会館まで戻って
御朱印を書いて頂くことに。
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御朱印拝受。
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御朱印には萬世師表とありました。
永遠に人々の手本となる人物という
ような意味だとか。

湯島聖堂は5代将軍綱吉によって
元禄3年(1690)に建てられました。

綱吉といえば、「生類憐れみの令」で
有名ですが、自ら城内で家臣に
教えるほど学問好きだったそうで、
それが高じて、湯島聖堂を造った
のですから、学問に対する熱意には
驚かされます。
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御朱印とともに頂いた由緒の半紙も
簡潔にまとまってて、綺麗でいいなと
思いました。

これにて、飯田橋から秋葉原まで、
(御茶ノ水で終了)
神社仏閣を巡るツアーは終わったのですが、

帰りの際、お連れの女性から、
「聖橋の名前は湯島聖堂と関連がある」
と聞きました。

ちょうど、帰りに聖橋を渡る予定
だったので、気にして歩いてたら、
なんと、聖橋の由来のレリーフが
あることに気づきました!
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ようするに、湯島聖堂の「聖」とニコライ堂の
大聖堂の「聖」から取ってつけられたんだなって
わかりました。

最後の最後まで学びのあるツアーでした。

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# by yagiou17 | 2018-10-31 23:33 | 文京区 | Comments(0)

小石川後楽園に行きました!

東京ドーム周辺の戦争にまつわる
史跡を巡った後は、
東京ドームの隣にある、
小石川後楽園に行くことに。

向かっている途中、石垣がずらーっと
並んでるのが見えたのですが、その中に
「山に丸」の文字が刻まれたものがありました。
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「名前に山がつく人が作ったのかな?」

なんて話ながら歩いてたら、
この石垣は江戸城の外堀の石材を
再利用して作られたものだとわかりました。
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石垣に沿って歩いているうちに、後楽園に到着。

位置口近くには先程の築地塀の石垣についての
説明版がありました。
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名前に山がつく人かなって言ってましたが、
やはりそうで、備中の成羽藩主・山崎家
よるものでした。

江戸城鍛冶橋門の外堀は、寛永13年(1636)に
出来たものなので、400年以上昔の石材を
再利用してることになります。

入園料(一般:300円)を払って中に入ります。
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目の前には広々とした庭園と緑豊かな樹々。
そして、東京ドームの屋根が
ひょっこりと見えました。
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後楽園はまず、
徳川御三家の一つである水戸家を興した徳川頼房が
寛永6年(1629)に庭園を造りました。

後に、2代目藩主光圀が明から亡命してきた
朱舜水のアイデアを参考にして、
中国らしい風物を取り入れた庭園になりました。

リニューアルされた庭園は、
朱舜水によって後楽園と命名されました。

と、そんな中国的趣好が強まった後楽園は
東京ドームがすっぽりと入ってしまうくらい
広い庭園。
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それだけの広さの中に、橋やら石碑やら
いろいろと見どころが沢山あるのですが、
覚えるのも大変なので、今回はとにかく、
思うままに歩いてみることにしました。
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しばらく歩いていると、
東京工廠跡の記念碑がありました。

なんだか変わった形の記念碑ですが、
これはもともと屋敷地の範囲を表したもの。
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そこが後に東京工廠の敷地となりました。

後楽園は東京工廠の敷地内にある
ことになります。

経緯はわかりませんが、この一画だけは
残しておこうということだったのでしょうか。

後楽園の入り口付近に資料としてあった
地図を見て知りました。
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後楽園だけでも広いのに、もともとの
屋敷地の事を思えば、相当な範囲の土地が
水戸藩のものであったことがわかります。
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こちらはもともとのお屋敷の図
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花菖蒲はシーズンよりも早く来たので、
少ししか咲いてなかったです。
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朱舜水が設計したといわれる円月橋は
渡って見たかったけど、ダメでした(^_^;)
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これも軍事的なものでしょうか?
正体不明の物体が気になりました。
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いろいろ見て回りましたが、それでも
半分も見れたかわかりません。
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今回は春に来ましたが、
紅葉の季節にまたゆっくりと
散策するのもいいなと思いました。

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# by yagiou17 | 2018-10-25 22:28 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
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