御朱印の森

祝結願!江戸三十三観音霊場 結願の印を頂く

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浄心寺で御朱印を頂いたことで、
江戸三十三観音霊場を全て巡った
(番外の海雲寺も含む)
ということで、結願の印を押して頂くため、
再び目黒不動で有名な瀧泉寺に行きました。
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JR目黒駅から10数分歩くと、案内の看板が
あったので、それに従って歩くと、門前に
到着しますが、閉まってました(^_^;)
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しかし、右方向80m先に入口があると
いうことで向かってみると、
扉が開いていたので、
やっと中に入れます。

境内に入ると、
青木昆陽のお墓の案内板が
ありました。
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青木昆陽はサツマイモの普及に
尽力を注いだ人ということくらいしか
知らないのですが、気になるので後で
見てみることにします。
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今回は裏から入っちゃいました。

まずはお堂にて参拝。
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参拝を終え、寺務所に向かいます。
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途中、愛染明王の石像や
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無事にカエルの石像を
見たりしてるうちに寺務所に到着。
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「江戸三十三観音霊場を全て巡ったので、
結願の印を押して欲しいのですが」

と頼んだら、ポンっと押して頂きました。
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《結願前》
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《結願後》

結願の印を押したものを渡して
くださったのは、
20代くらいの女性の方でした。

で、その際
「ご苦労様でした」と言われて
ビックリ!

その後に、
「ご苦労様でした」と年配の男性の
方からも言われました。

男性の顔を見たら、森に結願の印を
押してくれることを教えて
くださった方でした。

ニコニコして優しい表情は
初めて参拝に来た時と同じでしたね。

結願の印を押してもらったことで、
達成感と一抹の寂しさもあったりと
複雑な気持ちになりましたが、
この労いの言葉はありがたかったですね。
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「あぁ、ホントに今まで頑張って巡ってきて
良かった~」と嬉しい気持ちでいっぱいに
なりました(*´ω`)

というわけで、これにて江戸三十三観音霊場
札所巡りは無事に終えることが出来ました。

ありがとうございました!!!

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# by yagiou17 | 2018-07-14 22:36 | 目黒区 | Comments(0)

柳森神社 出世の御利益「おたぬきさま」とセルフ御朱印

江戸三十三観音の結願の印を押して頂くべく、
目黒不動・ 瀧泉寺に行こうと思ったのですが、
ふと、「そう言えば、江戸三森もあと1社残ってたな」
と思い出し、秋葉原駅から数分歩いた所にある、
柳森神社へまずは行くことにしました。

ちなみに、



千代田区にある柳森神社

の3社を江戸時代に社名に
「森」の字がある代表的な
3つの神社ということで、
江戸三森と言っています。
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秋葉原駅を出て、昭和通りを
岩本町駅方面へ歩るき、和泉橋を
渡ると、何だかわからない石碑が
あったので、取りあえず写真に
撮りました。
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☆随分あとになって、この石碑が
国旗掲揚所だということを
こちらの本を読んで知りました。
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《歩き旅応援舎さんのイベント参加の際に、
著者の方から購入してサインを頂きました》

橋を渡って最初の十字路を右に曲がり、
道なりに進んで数分で柳森神社に到着しました。
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境内は道路から一段下がったところにあります。

石段を下りてすぐ右手には富士塚がありました。
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しかしなんだか、境内の隅に押しやられたような
窮屈な感じの富士塚に見えます。
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案内板によれば、境内に富士塚が築かれていた
と思われているが、粉々に壊された後に、余った
石を積み上げて、さらに富士講の石碑を設置
して現在の姿となってます。
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こういう形でなんとか、
昔ここに富士塚があったんですよって
アピールしているのかなと思いました。
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富士講関係石碑群には浅間神社の祠が
ありました!
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手水舎で手を洗い、拝殿で参拝しようと
向かうと、狛犬ならぬ、狛タヌキ?が
いるのに気づきました。
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鳥居の扁額には福壽神とありました。
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鳥居を潜れば、左手にはもう柳森神社の拝殿が
あるのですが、正面にある福壽神のお社が気に
なったので、先に行ってみました。
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4匹のおたぬき様にガッチリと守られている
お社は小さいながらも威厳のある姿に見えました。
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御祭神として狸の尊像を祀っているという
福壽神は5代将軍綱吉の生母・桂昌院によって、
江戸城内に「福寿稲荷」と称して創建。
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八百屋の娘という庶民の出ながら、
3代将軍家光の側室になり、
さらに5代将軍綱吉の生母になった
桂昌院のことを他を抜いて(たぬき)
玉の輿に乗ったお方ということで、
あやかりたいと、大奥の女中達が
崇敬したといいます。
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この事から「おたぬきさま」と呼ばれる
ようになりました。

後に旗本・瓦林邸内に遷座となりますが、
明治2年(1869)柳森神社に合祀されました。

福壽神でお参りした後、
柳森神社の拝殿にて参拝。
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御朱印は拝殿左手にある社務所にて、
セルフサービスで押すようになってました。
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(初穂料は賽銭箱に入れるようになってました)
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長禄2年(1458)江戸城の鬼門除として
京都伏見稲荷大明神を勧請し
創建された柳森神社には、
福壽神以外にもいくつかある境内社や
都内では珍しいという御衣黄桜があったりと、
見どころが多い神社です。
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力石群は千代田区の有形民俗文化財に指定されている。
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帰りに橋の上から柳森神社を見てみました。
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周りのビル群の中、神社の一角だけが
江戸情緒を残しているように見えました。

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# by yagiou17 | 2018-07-10 22:42 | 千代田区 | Comments(0)

浄心寺 笑顔の布袋様がランドマーク 江戸札所十番

いよいよ江戸三十三観音札所巡りも
残すところ1寺となりました。

最後は浄心寺です。
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圓乗寺から「ほうろく地蔵」のある
大圓寺前を通り、道なりに歩いて、
本郷通りを渡って、根津神社が
ある方へ歩くと、浄心寺の
ランドマーク、大きな布袋様が
見えました。
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その横には江戸札所十番の石標。
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それを見て、改めてこれで最後なんだ!
と気持ちを高めて境内へ。
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朱塗りの鮮やかな本堂は2階建てになっていて、
長い石段がまた、一歩一歩上がるごとに、
テンションも上がっていきました。

参拝後、案内の通りに寺務所へ。
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寺務所までは橋が架かっていていました。
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橋の向こうに寺務所があるって、何だか
いつもよりも特別な感じがしていいですね。

中に入って、御朱印をお願いしたのですが、
ご住職がいらっしゃらず、書置きの対応となる。
と言われましたが、今までずっと
手書きで書いて頂き続けてたし、それでなくても
手書きにこだわっているので、
「どうしても手書きで頂きたいです」と
お願いしたら、夕方には戻るので、その時に
書けるかもと教えてくださいました。
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そこで、御朱印帳を預けて、17時に再度
伺うことになりました。

時間までは2時間ほどあるので、どうやって
時間をつぶすか悩みましたが、
文京区立本駒込図書館まで行って、本を読んで
待つことにしました。

せっかくなので、この間に由緒でも。

浄心寺は元和2年(1612)到誉上人が
湯島妻恋坂付近に創建。
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しかし、八百屋お七の家も焼けてしまった
江戸の大火「行人坂の火事」によって
浄心寺も焼失となり、現在地に
移転後、空襲の被害に遭いますが、
見事に復興して今に至っています。
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さて、約束の時間に間に合うよう
図書館を出て、事務所に到着。

御朱印をしっかりと手書きにて頂くことが
できました。ありがとうございます。
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これで、ついに江戸三十三観音札所
結願となったのですが、やはり結願の印が
ないと完全に終わった気がしません。

なので、結願の印を押していただくべく、
後日、目黒不動 瀧泉寺へ行くのでした!

続く

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# by yagiou17 | 2018-07-06 23:29 | 文京区 | Comments(0)

圓乗寺 八百屋於七のお墓があるお寺 

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清林寺から都営三田線の白山駅の
近くにある圓乗寺に行きました。
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こちらは江戸三十三観音札所の
第11番霊場ですが、八百屋於七の
お墓があることで知られている
お寺でもあります。
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正面の門、左手には八百屋於七地蔵尊が
ありました。
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この辺は昭和39年(1964)8月1日施行の
新住居表示で白山となる前は、
「指ヶ谷」と呼ばれていたことが
案内板でわかりました。
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参道に沿って真っすぐ進むと、本堂左手前に
八百屋於七のお墓がありました。
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お墓があるのは、
圓乗寺が於七の菩提寺である
ことからのようです。

明和9年(1772)大圓寺が火元とされる
「行人坂の火事」により、家が焼けてしまい、
住むところが無くなった於七は圓乗寺に
仮住まいすることになる。

その際、寺小姓の吉三に恋をします。

やがて家が再建されたので、戻ることに
なるが、好きな吉三とは離れ離れになって
しまいます。

「家が焼けてなくなれば、
また吉三の傍で暮らせる」

そう考えた於七は自宅に火をつけてしまいます。

大きな火事にはならなかったけど、放火は大罪。

於七は捕らえられ、天和3年(1683)3月28日、
鈴ケ原で火あぶりの刑に処せられました。

お墓は当寺の住職が建立しました。
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本堂で参拝後、右手にある納経所にて
御朱印を書いていただきました。
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本寺は、圓栄法印が天正9年(1581)
本郷に密蔵院として創建したのが始まりで、
元和6年(1620)實仙法師が圓乗寺と寺号を改め、
寛永8年(1631)に当地へ移転したといいます。
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於七が亡くなったのは、当地へ移転してから
半世紀程のちのこととなりますね。
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3つあるお墓は、中央は当寺の住職が建立。
右は寛政年間(1789~1801)に於七を
演じた岩井半四郎が建立したもので、
左は270回忌の供養で建立したと
案内板にありました。
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圓乗寺から徒歩5分程離れたところには、
大圓寺という、於七の供養のためにつくられた
「ほうろく地蔵」があるお寺もありますので、
興味のある方はそれ程遠くないので、
行ってみてはいかかでしょうか。

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# by yagiou17 | 2018-07-02 22:59 | 文京区 | Comments(0)

清林寺 江戸三十三観音第8番札所

東京十社は全て御朱印を頂きましたが、
江戸三十三観音はあと3カ所のお寺にて
御朱印を頂ければ結願
というところまで来ました。

残りのお寺は全て本駒込駅の周辺に
点在しています。

東京十社を全て終えた今日という日に、
江戸三十三観音も
全て終わらせようと決意!!

というわけで、平塚神社から
西ケ原駅に戻って南北線に乗って、
本駒込駅に行きました。
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本駒込駅から千駄木方面へ歩いて
数分で、清林寺に着きました。

まず、本堂にて参拝。
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本堂右手前に、江戸札所の案内板がありました。
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江戸札所の観音様は本堂の右手にあり、
ガラス張りの中に安置されていました。
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参拝後に寺務所にて御朱印を
お願いしました。
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玄関で待っていると、東日本大震災の
津波で流された松の木で彫刻された
仏像があるのに気づきました。
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触れてもいいと書いてありますが、
「ホントに触っていいんですか?」と
聞いたら、「どうぞ」ということなで、
指先でそっと、肩のあたりを撫でました。
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なんだか、尊い感じがしましたね。

清林寺は応仁の乱が終わった6年後の
文明15年(1483)に鎌倉光明寺八世貫主の
祐崇上人によって創建と伝わります。

当寺は元禄時代から江戸三十三観音札所の
一つとされてます。

現在の江戸三十三観音霊場は
昭和51年(1976)に改訂された、
昭和新撰江戸三十三観音霊場の
ことを言うんですが、
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江戸時代に江戸と呼ばれていた地域内の
観音様のお遍路コースとして始まりましたが、
神仏判然令や寺院の消失などによって、
お寺が無くなってしまったことから、
新たに昭和の時代に選びなおされたのでした。

ということで、清林寺は新たに加わった
お寺ではなく、昔からの観音霊場だった
ことがわかります。

御朱印、拝受いたしました。
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次は、八百屋於七の墓がある圓乗寺に向かいます。

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# by yagiou17 | 2018-06-28 22:46 | 文京区 | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
by 森
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