御朱印の森

鎌ヶ谷大仏と百庚申

御滝不動尊での参拝を終えた後、
せっかくこっちまで来たのだから、
隣の鎌ヶ谷市を散策することにしました。

鎌ヶ谷市で歴史的なものと言えば、
鎌ヶ谷大仏ですね。
(ってかそれしか浮かばないっておい!)

というわけで、まずは新京成線の
鎌ヶ谷大仏駅を目指して歩きました。
(最近は2.3駅くらいなら歩くって
習慣が身に付きました)
c0361995_00335720.jpg
駅から大仏までの距離は短く、
数分もあれば着きますが、その手前に
ある鎌ヶ谷八幡神社へ行くことに。
c0361995_00343784.jpg
こちらには、百庚申がある神社と
ネットで知ってから、ぜひ実際に
見てみたいと思ってました。
c0361995_00343788.jpg
百庚申は参道の脇にズラッと
並んでいました。

掲示板によれば、多くの功徳の
願いに見合うよう、庚申塔を
建てたので、このように沢山の
庚申塔が並んでいるのだとか。
c0361995_00344314.jpg
(数量信仰って初めて知りました)

江戸時代後期に下総地方を
中心に広まったとありますが、
他にこのような例を見たことないですね。
c0361995_00343090.jpg
千葉県民として、下総地方発の
風習・信仰は気になりますね。
c0361995_00354778.jpg
鎌ヶ谷八幡神社の狛犬は
リーゼントっぽく見えて、
なんだか男前な感じ。
c0361995_00354787.jpg
拝殿の右手前には
庚申道標という、庚申塔と
道標がセットになったもの
もありました。
c0361995_00362243.jpg
c0361995_00362280.jpg
拝殿にて参拝。
c0361995_00362258.jpg
拝殿右手に社務所がありましたが、
こちらで御朱印を頂いた例が
ネット上では見つけられなかった
こともあり、あっさり諦めちゃいました(^_^)

さて、今度はいよいよ鎌ヶ谷大仏です。

大仏は鎌ヶ谷八幡神社の斜向かいに
ありました。
c0361995_00364735.jpg
第一印象は「わーちっちゃ」でした(^_^)

大仏の定義としてよく言われてるのが、
高さが1丈6尺(約4.8メートル)あるもので、
立像なら4.8メートル。座像なら半分の
2.4メートル以上とされてますが、
鎌ヶ谷大仏は1.8メートル。
台座を入れても2.3メートルでした。
c0361995_00371561.jpg
惜しい!!

でも1メートルくらいの違いなら
大仏でいいじゃん!みたいな (^_^)

鎌ヶ谷大仏は安永5年(1776)11月に、
鎌ヶ谷宿の資産家である
大国屋(福田)文右衛門が先祖供養の
ために造立したもの。
c0361995_00380265.jpg
昭和になると、
戦争による供出、進駐軍が買い求めて
きたりと困ったことが起こりましたが、
福田家のご先祖様が守り通した
おかげで、事なきを得てます。
c0361995_00380374.jpg
現在でも福田文右衛門の子孫の方がいらっしゃり、
大仏自体は福田家所有のものではあるものの、
大仏があることから、駅名が鎌ヶ谷大仏駅と
なったり、昭和47年(1972)には市の
文化財に指定されたりして、今ではすっかり
鎌ヶ谷市のシンボルとなってます。
c0361995_00390831.jpg
と、こんなふうにエピソードを知ると、
小さな大仏様が大きく見えるような気が
してきました (^_^)

鎌ヶ谷大仏の紹介文の下には
歴史散策的な案内図がありました。
c0361995_00380267.jpg
鎌ヶ谷大仏駅って、日本で唯一「大仏」
って名前がつく駅だったんですね。

(*奈良県に大仏駅がありましたが、
現在廃駅)

こんなふうな案内板があると、
全部巡りたくなりますね。

船橋市民の森ですが、
鎌ヶ谷市もなかなかいいじゃないか!
と思いました(^_-)-☆

[PR]



# by yagiou17 | 2018-09-23 00:47 | 歴史・小ネタ | Comments(0)

御滝不動(御瀧山金蔵寺) 海老川の源流を訪ねる

船橋市で川と言えば、海老川ですね。

市内で唯一の川なんですが、これが
まあそれ程綺麗な川ではありません(^_^;)

しかし、船橋市民の森としては
非常に馴染み深い川なのです。
c0361995_21000037.jpg
《普段の海老川の様子》
c0361995_21000043.jpg
上の方(夏見あたり)まで遡ると、
それなりに綺麗であります。
c0361995_20595948.jpg
c0361995_21000010.jpg
桜の季節になると、
こんな感じでなかなかの風景が
見ることが出来たりするんですよ。
c0361995_21072066.jpg
c0361995_21071941.jpg
c0361995_21071978.jpg
と、そんな海老川の源流が、
御滝不動尊の境内にあるということで、
御朱印も頂きたいと思い、
行ってみることに。

アクセスとしては新京成線の滝不動駅下車。
徒歩10分程ですが、森は家から
歩いて行ったので、それなりのいい散歩
でした(^_^)v

表門に到着。
c0361995_21081786.jpg
シンプルですが何かこう、
風格のある門ですね。
c0361995_21081744.jpg
左手の案内板によれば、住職や世話人の
方々の死後の冥福を願い、当山山内の
杉古材を使用して建てられたもの。

用材としては今回の門を建てたことで
無くなったそうなので、お寺の思いが
ギュギュっとつまった、貴重な門では
ないでしょうか。

門をくぐり、緑に囲まれた長い参道を
歩いていると、気分が安らぎます。
c0361995_21081771.jpg
参道の途中、右手に蓮の池があり、
その中央には弁財天のお社が。
c0361995_21081720.jpg
しかし、橋も無く、どうやって行く
んでしょう?気になりました。
c0361995_21094310.jpg
その先には仁王門が見えました。

水路を覗くと、鯉が泳いでました。
あ、亀もいますね。
c0361995_21094374.jpg
なにかこうただ水路があるだけでなく、
生物がいるのを確認すると、なんか
嬉しくなっちゃうんですよね(^_^)
c0361995_21094367.jpg
仁王門前にはお大師さまがズラッと
並んでました。
c0361995_21092709.jpg
どっしりと、威厳の漂う仁王門。

ふと見上げると、天井画が鮮やかに
描かれてました。
c0361995_21160237.jpg
まさかこんなカラフルなものがあるとは
思ってなかったので、嬉しかった(^_^)

仁王門を越えると、広々とした境内に
出てきました。
c0361995_21163566.jpg
手水舎のそばには、御瀧型灯籠が
ありました。

丸っこくて、なんともかわいらしい
灯籠ですね。
c0361995_21163573.jpg
下総国独特のものなんでしょうかね。

灯籠のそばには、旧本堂の大師堂があり、
c0361995_21174046.jpg
斜向かいにもお堂がありますが、
こちらは本堂ではなく
(ちょっとした本堂クラスに見えるくらい)
c0361995_21170639.jpg
観音堂でした。

こちらが本堂。
c0361995_21180498.jpg
平成12年に建立されたそうですが、全体的に
黒っぽい感じが、堂々とした趣があるように
見えていいですね。

参拝をして、本堂から境内を見渡してみました。
c0361995_21183694.jpg
なんとなく、それぞれのお堂の位置関係が
わかっていただけましたでしょうか?

一つ一つのお堂が大きくて立派だなと
あらためて思いました。
c0361995_21185447.jpg
寺務所は観音堂の右隣にあります。

こちらで御朱印を書いて頂きました。

達筆でかっこよくて、気に入りました。
c0361995_21190892.jpg
さて、そう言えば御朱印も大事ですが、
海老川の源流を見るために来たはず。

源流は仁王門の近くに
案内板があったので、
行ってみました。
c0361995_21194135.jpg
石段を下りて行くと
c0361995_21195728.jpg
c0361995_21195793.jpg
龍の口から源流が流れてました!
c0361995_21195771.jpg
柄杓もあるので、飲めるかなと
思いましたが、(寺務所で聞けば良かった)
心配なので、ちょうど半袖のシャツだった
ってことで、腕にかけて涼しさを味わいました。

冷っとして気持ちよかった~(^_^)
c0361995_21195660.jpg
この源流の水は当寺の創建と深くかかわっています。

能勝阿闍梨の夢の中に慈覚大師円仁があらわれ、
自身が心をこめて刻んだ不動尊が埋まっている
というお告げを受けました。

現地(金杉)の村人達の協力を得て、掘ってみると
円仁作と記された像があらわれ、さらにそこから
水が湧きだして滝となったそうです。

それがきっかけで、小さなお堂を建て、木像を
安置したのが、本寺の始まりとなってます。

(創建は応永30年(1423)とのこと。
御滝不動で親しまれてますが、
正式名は御瀧山金蔵寺です
c0361995_21303621.jpg
しかし、地面を掘ったら滝になるって
どういうこと?と思いましたが、
(台地を掘ったら水が湧き出て、低い方へ
どばーっと流れたから滝になったのか。。)

いつの頃かわかりませんが、
今のように龍の口から水が出るように、
整備されて現在の姿になっています。

とにかく、船橋市民として、
海老川の源流を見ることができて
良かったです!!

[PR]



# by yagiou17 | 2018-09-18 21:40 | 千葉県 | Comments(0)

手児奈(てこな)霊神堂 伝説の美女ゆかりのお堂

弘法寺の大門通りをJR市川駅へ向かって
ちょっと歩くと、左手に手児奈霊神堂の
正面入り口がありました。
c0361995_22170581.jpg
入口前には万葉歌人である高橋虫麻呂と
山部赤人による、手児奈にちなんだ
万葉集の歌が紹介されてる掲示板がありました。
c0361995_22173079.jpg
先程からちょいちょい出ている
手児奈(てこな)というのは、
7世紀頃に下総国葛飾郡(市川市真間)に
住んでいた。とても美しい女性のことです。
c0361995_22175762.jpg
多くの男性を魅了した手児奈の伝承は
歌人の創作意欲を大いに掻き立てたのでしょう。
こうして詠われて後世に残りました。

中へ入ると、参道が真っすぐに伸びていました。
c0361995_22182268.jpg
参道のそばに家が立ち並んでますが、
こんな立地に住むの、なんとなく憧れがありますね。

お堂に近づいてきました。
c0361995_22190723.jpg
お堂の左手前には、歌手のさだまさしさんが
奉納した桂の木がありました。
c0361995_22190863.jpg
桂の木が縁結びの木だったことと、
かつては市川市にさださんが
住んでたってこと、掲示板で知りました。
c0361995_22190708.jpg
お堂にて参拝。

その後、御首題をと思ったのですが、
お堂にあった案内に
受付時間(16:30)までとありました。
c0361995_22200390.jpg
時計を見たらすでに過ぎていたので、
頂くことができませんでした。

17時までは大丈夫かと思ってたのですが、
間に合いませんでした(^_^;)

(弘法寺でも受け付けてくださる
ようですが、今回は無理せず諦めました)

これで終わりもなんなので、境内を散策。
c0361995_22203686.jpg
すると、お堂の右手に睡蓮の池がありました。

訪れた時は開花のシーズンだったようですが、
睡蓮は午後には花が閉じてしまうということで、
咲いているところが見れませんでした。

御首題のこともあるので、今度伺う時は
午前中早めに行こうと思います。

伝説の美女手児奈は、多くの男性から求婚
されるが、誰か一人と結ばれたら、他の
男たちから恨まれる。

それならいっそ、
誰とも結ばれずにいなくなればいい。

そう思って、真間の入り江に身を投げた。
という伝承があります。

この池はその入り江の面影を残したものではと
伝わっています。

ちなみに、真間というのは古代では崖のことを
指す言葉なので、崖から投身したのでは?と
想像できます。
c0361995_22250474.jpg
手児奈霊神堂は文亀元年(1501)
日与上人が、奥津城処(おくつどころ:お墓のこと)
の跡と伝えられる辺りにお堂を建てたことが
始まりといわれています。
c0361995_22215689.jpg
手児奈の霊験は良縁成就・安産祈願など、
いろいろありますが、もし伝承どおりであれば、
誰とも結婚せず死んで、子供も産んでいないはず
なのに、どうしてそんな御利益があるの?

って思いましたが、
他にも、或る国の国造の息子に嫁いだとか、
一児をもうけたが、美貌は衰えず、男たちからの
誘惑に悩んで、結局身投げした。

などなど

様々なエピソードがあるそうなので、
そんなところから各種の霊験が
あることになったのでしょう。

これで、市川市の神社仏閣巡りは終了ってことで、
JR市川駅に向かうのですが、行く途中、ちょっと
遠回りになるけど、江戸川のそばにある
市川関所跡に行きました。
c0361995_22262634.jpg
掲示板によると、度重なる江戸川の護岸工事で、
関所の建物や渡船場の正確な位置は判明出来ない
とのことですが、
c0361995_22262594.jpg
かつて市川に関所があったことは
確かなので、こうして伝えているわけです。
c0361995_22262666.jpg
まあ、単純に市川に関所があったんだってことを
知れて嬉しかったです。
c0361995_22262624.jpg
しかしまあ、あらためて江戸川って大きくて
立派だなあと思いました。
c0361995_22262670.jpg
今回は知らなかったので行きませんでしたが、
手児奈霊神堂の周辺には手児奈に関する歴史的な
ものなど、他にもあるので、市川にはまた
散策しに行こうと思います。

[PR]



# by yagiou17 | 2018-09-13 22:32 | 千葉県 | Comments(0)

弘法寺(ぐほうじ) ミステリアスな「涙石」のある日蓮宗の古刹

国府台公園にて下総国総社跡を
見た後、弘法寺に向かうのですが、
またしても坂道です。
c0361995_22312386.jpg
市川市って結構アップダウンが
激しいんだなあ~

と歩いた先、気づいたら弘法寺に
到着してました。

また裏手から入ってしまったようです(^_^;)

思った以上に広い境内で、どこに何が
あるのかもわからず、ウロウロ。

右手の赤門を潜ると、
太刀大黒天神というお社がありました。
c0361995_22320011.jpg
こちらには、
日蓮上人が比叡山にて彫り、
肌身離さず護持していた
太刀大黒天神像が安置されているそうです。
c0361995_22332213.jpg
門のそばには葛飾にちなんだ、
万葉集の歌が紹介されてました。

左手を見ると、広くひらけた感じに
なっていて、大きなお堂が見えました。

横に大きなお堂が並んで見えたので、
まずはその前を歩いて、何があるのか
チェックしてるうちに、手水舎を
見つけたので、手と口を清めました。
c0361995_22340060.jpg
お堂は3つ並んでいて、左から
本殿・寺務所・祖師堂
となっています。

まず、本殿で参拝。
c0361995_22342655.jpg
次に祖師堂で参拝。
c0361995_22344214.jpg
参拝後に寺務所に行きました。
c0361995_22351813.jpg
お題目が書きあがるまで、
寺務所内を見ていると、
沢山のお題目が飾られているのが
気になりました。
c0361995_22350478.jpg
どうやら本山をめぐり終わると、
満願となるようです。

一堂に各本山のお題目が集まっているのを
見ると、なかなかの迫力がありますね。

その傍にはカラフルな御朱印帳がありました。
c0361995_22353894.jpg
円じゃなくて縁ってところがイイですね(^_^)

御首題拝受しました。

お題目の横には手児奈霊神と太刀大黒天神の
文字もありました。
c0361995_22360484.jpg
そもそも弘法寺は奈良時代の天平9年(737)
行基が真間の手児奈の霊を供養するために
創建したと伝えられ、その時は弘法寺でなく、
求法寺という寺名でした。
c0361995_22421668.jpg
以後、平安時代に空海が七堂を構え、
「真間山弘法寺」となり、鎌倉時代に
日蓮の弟子、日常(中山法華経寺の開祖)に
よって、日蓮宗に転じました。

右上に桜の印がありますが、これは
境内にある、樹齢400年以上と言われる
枝垂れ桜(通称:伏姫桜)です。

寺務所を出て、境内を散策。

すると、年季の入った感がある門が
あったので、潜って正面に出て見てみました。

それは立派な仁王門でした。
c0361995_22370217.jpg
祖師堂などと比べると、古ぼけたように
見えますが、明治21年(1888)の火災に
よって、殆どの諸堂が焼けてしまいましたが、
仁王門と鐘楼堂は被害に遭わなかったため、
c0361995_22372806.jpg
こうして昔からの姿そのまま残されているのでした。

ちなみに、扁額の文字「真間山」は
弘法大師によるものと伝わっています。
c0361995_22380561.jpg
仁王門の前の風景は市川の町を一望でき、
いかに高い場所に弘法寺があるのか、
再認識させられました。

長い石段を下りた途中、またもや万葉集の
歌の紹介板がありました。
c0361995_22382771.jpg
境内には他にも市川市(葛飾)にちなんだ
万葉集の歌があるようで、市川市が
万葉集と関わりが多いってことを
知らなかったので、新たな発見でした。

その紹介板のそばに、涙石がありました。
c0361995_22391949.jpg
市川市のミステリースポットの1つである
涙石は、晴れの日が続いてても、この
石だけが、いつも涙を流しているように、
濡れて湿った感じがするところから、
その名がついたのですが、実際触って
みて、ひんやりとはしてて、隣の石と
比べてみましたが、それ程の違いを
感じられませんでした(^_^;)

作事奉行の鈴木長頼という人が
日光東照宮のために使うはずだった
石材を弘法寺のために使ってしまう。

勝手な行動を許せない幕府は
長頼に切腹を命じた。

石が濡れているのは、切腹の際の悔し涙と
血が染み込んだからという言い伝えが
あるのですが、
c0361995_22402892.jpg
確かに、涙石のところだけが、高さが
違うかな?くらいで、思ったほどの
驚きは無かったです。。。

他のネットで紹介してる方のものを
見ると、明らかに色が違ってたり、
(たっぷり水分が含んでるような感じに
見える)苔が生えてたりしてて、
異彩を放っていましたが、
森が行った時は残念ながら、
大きな変化はなかったように思えます。

石段を下りきって、見上げてみました。
c0361995_22401274.jpg
本来ならここから上がって行って、
お参りするはずだったんですけどね(^_^;)

[PR]



# by yagiou17 | 2018-09-06 23:05 | 千葉県 | Comments(0)

寶珠院(宝珠院)境内にヤカンがあるお寺

国分寺を出て、国分尼寺跡を目指して
行ったことは前回レポートしましたが、
実はその前に、お隣にあるお寺、
玉王山 寶珠院に行っていました。
c0361995_23401862.jpg
何故かというと、ネットで知ったのですが、
こちらの境内には大きなヤカンが
あるというのを見て、ホントかどうか
確かめたくて行ってみたのでした。
c0361995_23404403.jpg
境内に入ると、地蔵尊や石祠があったり
するので、お寺だとは思うのですが、
c0361995_23404424.jpg
c0361995_23404419.jpg
なんとなく、一般の家庭のお庭に
お邪魔してるような空間に思えました。

いろいろ散策してるうち、お堂の前に
行くと、ありました。
c0361995_23412047.jpg
おおきなヤカンが!!

思ったよりもインパクトのある
大きさにビックリ!

本当にあったこと確認できて良かったです。
c0361995_23421262.jpg
本堂にて参拝後、本堂左手の庫裏にて
御朱印をお願いしました。

受け取った際に、ご住職に
「ネットで見たんですが、ホントにあって
ビックリしました。ヤカンと夜間を
かけて、夜間でもお参りして御利益が
ありますようにってことで置いてある
そうですが」と聞いてみたら、
c0361995_23421344.jpg
先々代の住職がダジャレ好きな
ところから始まったとのこと。

ヤカンは閉店したラーメン屋から只で譲って
もらったものを境内に置いてるそうです。

ダジャレを思いついて、ホントに
境内に置いちゃうって行動力が凄いですね。
c0361995_23421333.jpg
元和7年(1621)に創建されたという
寶珠院ですが、境内は国分寺の寺領だった
ということも教えていただきました。

終始、柔和でニコニコと対応してくださって
優しい住職さんで良かったです。

拝受した御朱印には
四国霊跡46番と読める印がありました。
c0361995_23421381.jpg
調べてみたら、
四国の46番札所は愛媛県にある
医王山 養珠院 浄瑠璃寺でした。

御本尊が同じ薬師如来ということから、
寶珠院は市川市で分院としてあるのかな?
と思えました。

それと、いちかわ水子地蔵尊の印も
ありますね。

地蔵尊は境内にあるのは確認したのですが、
なぜか写真を撮るのは遠慮して撮らなかったです。

寶珠院は国分寺のすぐそばにあるので、
国分寺に行った際はこちらにもまた
寄って参拝したいお寺となりました。

[PR]



# by yagiou17 | 2018-08-31 23:55 | 千葉県 | Comments(0)

御朱印の森へようこそ!御朱印を頂きながら、歴史の勉強をしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
by 森
プロフィールを見る
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

検索

最新のコメント

> fujiryujin..
by yagiou17 at 22:26
狛犬ならぬ狛ウサギ・・・..
by fujiryujin at 20:42
> akkoさん 素盞..
by yagiou17 at 19:19
akkoさん コメント..
by yagiou17 at 19:11
わぁ、素盞雄神社に来られ..
by akko at 16:15
いいお話ですねぇ… アヒ..
by akko at 16:07